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27. 邂逅

「すまない、前の貴君」

「如何…」

後ろから突然声をかけられ、反射的に振り返った文経の目には、思いがけぬ者の姿が映っていた。

「若苗式部の父君、壬生式部大丞だね。今回の支援、誠に感謝する」

そこで文経に礼を伝えていたのは、若苗の仕える六条院の総主人であり、太政大臣(だじょうだいじん)・光源氏であった。


「恐れ多いことでございます」

目の前の人物にやっと気づいた文経は咄嗟にそう返すと、それを見た光源氏は人懐っこい笑顔を浮かべる。

「ああ、其方の家にとってもかなり甚大であっただろうと思っている。それ相応の何かをと考えているのだがね」

「有り難くございます」

不慣れにそう話す文経を見て、光源氏は少し微笑んでから一歩引く。

「いや、構わないよ。では、またどこかで」

光源氏はそう言うと、隣の従者とともに去って行った。


「今の、あの方ですよね」

「そうそう、光源氏の君」

緊張が緩んだ文経の部下、千草と白妙がそう感心して声を出したが、直接言葉を交わした文経は、極度の緊張からか岩のように固まっていた。

「というか、お金ない理由がそんな真っ当なら隠さないで下さいよ〜」

「いや、それは、…なあ」

文経は固まったままそう答えるが、白妙が肩を当てて体重をかけた事によって、やっとその状態から脱却することができた。


「ちなみに、支援ってどのくらい…?」

白妙が文経にそういうと、文経が指折り数えるのを見てすぐに聞くのを撤回した。


この数日後、若苗の実の父・壬生文経は、式部大丞から式部少輔へ昇進した。



辰の日の夜、ついに若苗が六条院へ帰宅した。

「苗ちゃんお疲れぇ!!」

へとへとに疲れ切った若苗が己の(ひさし)に入るなり、菫が彼女の元へ飛び込んできた。二人は体勢が崩れて床に倒れ込んだが、疲れからなのか、嬉しさからなのかなぜか笑いが込み上げてきて、二人で大笑いしてしまった。


笑いも冷めやらぬ前に、二人は昼御座に姿を現すと、そこには脇息(きょうそく)にもたれ掛かったまま眠りに落ちた花散里と、お付きの常陸命婦が座っていた。

常陸命婦は、人差し指を口の元へ持っていき「静かに」と無言で伝えると、少し嬉しそうに笑った。

「お疲れ様、よくやったわね」

前に座った若苗に対して、常陸命婦は普段あまり見せない安堵と信頼のこもった笑顔を向けた。

夏の御殿のその夜は、とても静かで心が洗われるようなものだった。



それに反して、春の御殿。若苗が帰宅したのと同じように、羽衣も六条院へ戻ってきた。夜も遅くなってきた頃なこともあり、羽衣が潜めるように西の対へ行こうとした瞬間。

「羽衣ちゃーーーーーん!!!!」

「ぎゃあああーーーーー!!!!」

廊の途中に突然後ろから脅かされ、羽衣は見事に腰を抜かしてしまった。

その爆音の主は、春の御殿・一級女房の青柳(あおやぎ)で、いつも何かにつけて羽衣に構ってくる、いわば「メンドクサイ人」である。


突然の襲撃で甚大なダメージを喰らった羽衣は廊の途中で倒れたため、御殿全体にその音や声が響き渡っていた。


「…青柳、羽衣はここずっと練習漬けだったのだから…」

青柳は結局、同じく一級の古参女房・千鶴(ちづる)に一晩中こっぴどく叱られたという。



舞姫の評判は大層良かったようで、その影響力や功績・本人の才覚を汲んで、若苗は特別二級女房へ大出世。羽衣も御匣殿の中で怪訝な目を向けられることは少なくなり、安定した地位を手に入れることができたのだった。

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