19. 稽古・後編
件の通し練習で、同じ六条院から排出された舞姫として稽古を重ねていた白雪が、体調不良により運ばれ、その後は結局各自解散となっていた。
予定よりもかなり早く帰ることになってしまったため、六条院からの使いもすぐには来ないことがわかった若苗は、一人徒歩で六条院へ帰ることとなった。
幸い今回の稽古は六条院からそれほど時間がかかる場所ではなかったため、若苗は特に何も思わず歩いていた。ある小道に差し掛かったとき、道の奥の方に置かれた岩にもたれかかった、小さな女の子がいた。
若苗は少し焦った顔を浮かべて、その女の子の元に駆け寄った。
顔を近づけてみると、ただ寝ていただけだったようで、日当たりの良いその場所から離れさせるため、抱えて日陰の柔らかめの床のところに寝かせておいた。
孤児のようだったので本当は引き取ってあげたかったが、タイミングが悪かった。しかし、そこから悲田院がかなり近かったはずなので、後ろ髪を引かれながらも、通りがかる善人に任せてそこを去った。
騒動の二日後、また教官から招集がかかった。
若苗はいつも通り10分前には集合して待機していたのだが、いつも15分以上前には来ている白雪が3分前になっても来なかった。
「白雪ちゃん、来ないね」
「うん」
心配してか、紀伊と伊予は何度も入り口を行ったり来たりしては、そう呟いた。
集合時間になり、教官は一人の女童を連れて部屋に入ってきた。
「遅くなったけど、今日から代理として選抜された羽衣よ。歳は十四だから、紀伊と伊予よりは年上になるわ」
教官が彼女を紹介すると、羽衣は浅く礼をする。
紀伊と伊予の二人は羽衣に駆け寄り、親しげに話しかけたが、彼女は少し無愛想に接していた。
若苗は、若い女童にしては豪華な衣装を着る彼女を、いつか見た事があったような気がしていた。
「ろもちゃん、えらい女房さんなの?!」
「変なあだ名…」
そして、伊予のその声で確信した。
奇怪なあだ名を卑屈そうに繰り返す彼女こそ、六条院唯一の「特別一級女房」、女房では四番手のエリートだ。
噂では光源氏一行に小さい頃に引き取られ、それからというものずっと仕え続けているかなりのベテランであるという。
「五節の舞姫」は人前で顔を晒すものだから、女御などの姫も代理を出すことがあるというほどなのだが、だから羽衣もあまり乗り気ではないのだろうか。
色々考えてはみたものの、あまり口を聞いてくれなさそうな予感がしたので、とりあえず問題を起こさぬよう触れずに練習を始めた。
一度皆で通してみたのだが、舞うのはほとんど未経験だろうし、仕方ないのだが、やはり羽衣のミスが目立った。
教官も本番に対する焦りがあるので、厳しめな指導も飛ぶ。
昼になる頃には彼女はもう涙目になってしまっていた。
「あの…」
昼休憩になり、覚悟を決めた若苗は羽衣に話しかけてみたが、やはり最初は少し無視をされていた。
「後半の振り、後で教えましょうか…?」
若苗のその言葉に対して、彼女は一瞬こちらをみては、「必要ないです」と不貞腐れたように言って、部屋の向かいの方へ行ってしまった。
若苗は、やはり少し距離を詰めすぎたかと反省しながら、その日の稽古いっぱいは話しかけず、無事に一日稽古を終えた。




