3. 鴇
「へぇ〜、田舎暮らしも大変なんだね」
「一概にそうは言えませんけどね」
娘の身の上話が聞きたいと身を乗り出して聞いていた女房が、体勢を直してそう溢す。二人は六条院へ向かう牛車の中時間を潰すため、がたごとと揺られながら談笑を続けていた。
因幡から六条院への移動は幾日も掛かる。まず因幡から摂津まで、馬に乗って二日。そこから女房と合流して、牛車で二日から三日ほど移動する。
「親がいないのは大変だよね」
女房は、檳榔毛の隙間から外の田畑を見ながら、一人呟く。
「あなたのお話も聞いてもいいですか?」
娘は勇気を出してそう聞いてみる。
すると女房は、一瞬、懐かしい光景を観ているような、そんな悲しい目をしたが、すぐ普段の優しい顔つきに戻っては、静かに頷いて了承してくれた。
「私もね、中流貴族の家柄だったんだよ。でも父親が失踪したんだって。母親も自分が生きるのに必死だって、ごめんねって、私を捨てたの」
女房は落ちてきた羽織をもう一度肩に掛け直して、続ける。
「でも、八つくらいの時かなあ。路頭に迷ってたところを紫さまに拾ってもらったんだよ。でも、それを乗り越えたからこそ、今の私がいるのかなって」
女房の顔がぱっと紅潮して、声も明るくなる。娘は、彼女のことを大人っぽい雰囲気だと考えていたが、実際は二十にも満たないほどなのだろう。純粋な笑顔を浮かべる彼女の顔を見れば、娘の方まで心が温かくなってきた。
想像がつかないほど、辛くて苦しい人生だったのだろう。
だが、「今が幸せならそれでいい」と豪語する彼女は、誰よりも強かで打たれ強いのだろう。娘は、なんだか彼女が羨ましくて感心の息を溢した。
「ここから山城国に入ります」
牛飼童の子が、牛車を一度止めて声をかけてくる。二人は感謝を少年に伝えると、また牛車は動き始めた。
娘は、御簾の隙間から外を垣間見てみる。向こうには、都の街並みが見える。
四角に区切られ、しっかりと管理された街並み。周りには、貴族だろうか着飾った男性が歩いていたり、高僧など、田舎じゃなかなか見ないような人々もごろごろいる。
田舎者である娘は、その後ずっと、目を輝かせながら景色を堪能していた。
女房の頭には、あの時の声が何度も響いていた。
『お嬢さん、一人? そう、私も一人。…綺麗な鴇色の着物ね、似合ってるわ』
『生きる意味が見出せないのであれば、私があなたの生きる意味になりましょう』
鴇色の少女は、手を取った。