16. 舞姫
「源氏様が五節の舞姫を出されると言うのはまことですか!」
大雨が去った翌朝、夏の御殿の寝殿・昼御座に、若苗のその大声が響き渡った。
「私はあまり詳しくは知らないけれど」
うとうとしていた花散里は、目を丸くしながら答える。周りにいた鴇や常陸命婦も、朝からその爆音を聞かされたからか不機嫌そうに見つめていた。
五節の舞姫というのは、宮中行事「新嘗祭」などで舞を奉仕する女童のことである。基本的に定員は四人で、公卿の娘から二人、受領や殿上人の娘から二人出され、出された家は名誉である。
若苗は盛暑の頃、夏の御殿付きの下女から、源氏がこの舞姫を出すという噂を聞いた。若苗にとってはこれは何にも変え難い大チャンスである。
なにしろ、若苗は出世に異常なほどの執着を持っている。
その理由には、彼女の父が関わっていた。彼女の父である壬生文経は、兄により家を追い出されたのち因幡に辿り着き、数年経つと生まれてきた四人の娘の世話をしなくなった。
妻にも逃げられ、子供の世話もせず。一体何ならできるのだろうか。
若苗にとっては、父親は越えるべき最低ラインなのであった。
若苗が舞姫に抜擢されて、父も優遇されると考えれば癪ではあるが、やり返しにはなる。
「そうねぇ、どこまで決めているのかわからないけれど、聞いてみる?」
「お願いいたします!」
その熱意をみた花散里は、光源氏へ一度交渉をしてみることに決めた。深々と頭を下げる若苗に対して、鴇と常陸命婦は怪訝を超えて面白みさえ感じていた。
「・・・ということなんだけれど」
その日の昼、玉鬘を訪れていた光源氏を花散里が引き留め、舞姫に立候補した女房がいたと伝える。すると、源氏の顔はパッと明るくなる。
「そうか!ちょうど私も舞姫を探していたところだったんだ。一度会ってみたいのだが、いいかい?」
「ええ、もちろん。今おそらく廂に」
交渉を成立させた花散里の案内で、光源氏は若苗と菫のいる廂を訪れた。
「若苗、菫、失礼しますよ」
声をかけて入ってきた花散里に対して、二人は頭を下げて出迎えた。若苗が頭を上げると、そこには光源氏がいた。
「あれ?夢見てる?」
若苗は一度手で顔を隠してみて二度見してみるが、やはりそこには光源氏がいる。
「君が若苗か?」
「…あ、はい、多分…」
本当に「ここにいる」ということを認知してしまい、若苗の頭は無事バグった。
一応返事はしたが、自分でも何を言っているのかはわかっていなかった。
30分ほど地獄の三者面談を繰り広げたのち、光源氏は口を開いた。
「十六か、少し歳が高いが、問題ない。ぜひ私から推薦させてくれ」
「…ありがとうございます」
花散里の脅威的なサポートにより、ついに光源氏から推薦をもらうことができた。
そして光源氏は契約が済むと、そそくさと去っていった。
「はああ〜…」
「よかったじゃない、ついに念願の舞姫よ」
疲れで倒れ込む若苗に対して、花散里は満足げな顔でそう言う。
「本当にありがとうございました」
若苗は深々と頭を下げるが、花散里は姿勢を変え、目線を下げる。
「いいのよ、お礼は出世払いでね」
「…がんばります」




