15. 玉緒
夕霧は童に連れられ、東の対の昼御座へ通される。
向こう側には先ほど出会った美しい女房が御簾越しに座り、扇を構える。
「今日はどういうご用事で?」
ゆっくりと話すその声は、洗練されていて緊張感を持っているような、そんな声だった。
「…父からの使いで来ました」
少し震えた声で夕霧は言う。その声と様子に、彼女は静かに笑って答えた。
「そうでしたか。それとそんなに緊張しなくて大丈夫ですよ、何しろ私はただの女房です」
夕霧は一呼吸つき、父からの伝言を思い出しながら話し出した。
「中宮様がお帰りになられたと聞きましたので、大雨もありましたし、ご様子をと…」
「そう言うことだったのですね」
彼女がそういうと、夕霧の後ろから声が聞こえてきた。
「すまない、入れてくれ」
彼女はその声を聞くと、横に付かせていた童をすぐ出させ、戸を開けさせた。入ってきたのは光源氏で、彼女と夕霧に気づくと明朗に話し出した。
「夕霧じゃないか、ご苦労。玉緒も対応ありがとう」
彼女は先ほどと声色を変えず、軽く頭を下げて答える。
「ええ、秋好様なら寝殿の方にいらっしゃいます」
「感謝する」
光源氏が去っていくと、彼女は奥を見たのち振り返って言う。
「夕霧様も、秋好様の元へ行かれるのをお勧めしますよ。あまりお目にかかれないお方なのですから」
最初は夕霧も悩んでいたが、その言葉により、夕霧も光源氏を追っていくことにした。
秋好の元を訪れた夕霧は、厳重に幾度も貼られたガードの奥の中宮へ礼をした。
先に来ていた光源氏が軽く会釈すると、中宮も夕霧へ笑いかけて礼をする。
「中宮殿、帝のご様子はお変わりないですか?」
「ええ、特に変わったこともなく。最近充実していると良く仰っておられますよ」
二人はその後少し語らった後、長居するのは良くないからと去っていった。
その後二人は冬の御殿を訪れた後、夏の御殿まで帰ってきて玉鬘の元まで訪れた。
光源氏と玉鬘が御簾越しに仲睦まじく語り合う中、夕霧はすることもなく手持ち無沙汰であった。
その時、風が強く吹き、三人を隔てていた御簾が強く揺れ、誘惑に負けた夕霧は玉鬘の顔を覗き見てしまった。
艶やかさはないが若さからくる美しさを持つ女性だ。
そんな女性とあまりに仲良さそうに話している様子を見ていると、こんな親子があり得るのだろうかと疑問を感じていた。
やっと仕事から解放された夕霧は、久々に雲居の雁に手紙を送ることにした。
風騒ぎ むら雲迷ふ 夕べにも 忘るるまなく 忘られぬ君
(風が騒いで叢雲も迷う夕方にも、あなたのことはずっと忘れられないものです)
そう書いた紙を、その辺にあった刈萱に結びつけて鴇に渡すと、鴇は庭を見渡しながら返す。
「庭に咲いている素敵な花にでも結べばよろしいのに」
「生憎そんなセンスは持ち合わせていなくてね、向こうもそうだよ」
彼は生真面目にそう返すと、鴇へ童に渡すように指示すると、疲れからか座り込んだ。
そのまま寝落ちしてしまった夕霧が目覚めると、もう朝になってしまっていた。
その後明石の姫君と落ち合った夕霧であったが、やはり美しい妹君を見て、この短期間で美しいものたちとたくさん出会ったためか、歪まなかった恋心も揺らぎに揺らいでしまっていたことである。




