14. 秋風
夕霧はそのまま大宮邸に泊まり、夜を越した。
その夜から風は収まってきているものの、雨足が強くなってきていた。
夏の御殿の昼御座に、花散里の様子を見にきたもののそこには彼女はいないようだった。心配してどこにいるのか訊ねると、奥の方から笑みを浮かべた鴇が歩いて出てきて、答えた。
「花散里さまはこちらですよ。ほら花散里さま、夕霧さまがお見舞いに」
鴇が振り返って廂の方を見ると、そちらの方からか細い声が聞こえてきた。
「雨強い…雷、怖い…」
夕霧が耳を傾けてその声を聞くと、その廂の前に座った。
付きの常陸命婦が、そこはあまり綺麗ではないからと立ち上がらせようとしたものの、夕霧は断固としてそこを動かず、ゆっくりと話し出した。
「花散里さま、ご安心下さいね。ここは安全ですから」
夕霧はそれだけを口にして、そくささと去っていった。
「相変わらずのマジメ君ですね」
「いいからあんたは主人がきたんだから顔を出しなさい」
若苗の厄介インキャオタク特性も相変わらずである。
「報告感謝するよ。良ければ秋の御殿の方も見舞ってきてくれないか」
春の御殿にて現在の状況を報告した夕霧に、光源氏はそう依頼をした。
「…」
「夕霧?」
虚ろに何処かを見つめていた夕霧は、その声でハッとし、焦ったように承諾した。
「直接出向かれた方が宜しいのではないのですか?」
夕霧が去っていったのを見て、奥の方から紫の上が源氏にそう呼びかけた。
やはりそれが良いかと感じていた源氏が「後に向かうよ」と答える。
去っていこうとする紫の上を光源氏は引き留めた。
「野分の朝、夕霧に姿を見られたりしていないかい」
「まさか」
紫の上はそう笑っていたが、光源氏は内心疑っていた。
「失礼します、誰かいらっしゃいますか」
雨上がりの昼、秋草が露を落とす中、秋の御殿・東の対に夕霧の声が響いた。
「なにかご用でしょうか〜、って、夕霧さま! 玉緒さま〜!!夕霧さまがおみえです〜! 」
最初に出てきたのは年端も行かない小さな下女で、夕霧の顔を見るとすぐさま奥へ走って行った。
微笑ましく見ていると、先ほどの下女を連れた美しい女房がやってきた。
扇を構え、優しく笑っている。紫の上の美しさも格別であったが、こちらの女房も本物の美貌を持ち合わせていた。
「よくいらっしゃいました」
その声は心に突き刺さるような、芯がありながらも上品で強かで、艶やかな声であった。




