12. 盛暑
夏も盛り、夏の御殿は猛暑に襲われていた。
特に常に厚着がちな女房はやはりすぐばててしまう。夏、女性たちは紗という薄い布地で装束を仕立て、風通りの良い服装をしているのだが、やはりそれでも暑いことは暑い。
川辺で若い女房や下女たちが涼んでいると、寝殿の昼御座で女房たちと一緒に寛いでいた花散里は、己を扇ぎながら言った。
「今年は暑いわね、単一枚でも十分暑いわ」
いつもよりかなり薄着な彼女は、笑いながら言う。
その一方、昼御座の隣にある一つの廂でへばっていた若苗は、近くで扇を煽いでいた鴇に絡んだ。
「暑いです鴇さん」
「私に言われてもどうすることもできないわよ」
冷たくかわす鴇も鴇で、かなりの猛暑に参ってしまっていた。鴇が構ってくれないとわかると、若苗は拗ねたのか隣の廂にいた菫に絡みに行った。
「菫ちゃーん、私も川で涼みたいんだけど」
先程まで川辺で下女たちの見守りをしていた菫は、若く元気な下女たちに振り回され、十二分に疲れ切っていた。菫はその大きな目を細ませて、若苗に言う。
「いいよ、下女ちゃんたちの世話しといて…」
「今誰もいないの?」
「いるよ、疲労で倒れかけの納言様が…」
御簾を上げて庭を見てみると、その川や橋の元には五人ほどの女童がきゃっきゃと騒いでおり、その後ろに座り込んだ藤大納言がいた。
「はあ…代わりに行きますよーっと」
その様子を見た若苗は、中で我慢するのではなく外に出て先輩と変わることにした。
階から降りて庭に出ると、女童たちが一気にこちらへと走ってくる。のちにへとへとな納言もついてきて、肩に手を置いて「託した」とも言わんばかりに中へ入っていった。
川へ手を入れてみると、水はひんやりとして快適だった。しかも川からくる風は涼しくて心地よい。最初からこうしておけばよかったと考える。
「若苗さま、若苗さま!!」
風に癒されていると女童の一人が若苗の背中に抱きついてきた。
「若苗さま、にーなめさい?の話きいた?」
「にーなめさい?」
おそらく彼女の言うのは新嘗祭で霜月に行われる、稲の収穫、豊穣を祝う天皇主催の祭りだ。だが、なぜその話をこの子が知っているのだろうか。
「新嘗祭がどうかしたの?」
若苗が屈んでそう聞いてみた。すると、その子は自慢げに説明しだす。
「源氏さまがね、にーなめさいでおどれるひとを探してるんだって」
「五節の舞姫…」
新嘗祭では、「五節舞」が行われる。その舞を行う姫は、公卿の娘から二人と受領・殿上人の娘から二人選ばれるのだが、もしや今回は源氏の君の方から出してほしいと言われたのか?
実は、若苗は舞に関しては明るい。彼女の母は元々因幡で巫女をしていたものだから、若い頃は毎年毎年舞を踊っていたそうだ。
「なるほど、舞姫か…」
若苗には強い出世欲がある。元はそう言う人物ではなかったが、最近思うようになったことがある。
ここ一年近く、父とコンタクトはとっていない。これなら、出世した自分の姿を見せつけてぎゃふんと言わせることができるのではないか、と。
若苗は悪い笑みを浮かべながらその話を聞いていた。




