2. 楽園
「はあ?」
思っても見なかった話だ。
そもそも、なぜ急にそんなお話になったのだろうか。普段の素行を見ている娘には、父親にそんな伝手があったと思えない。
酒の飲み過ぎで幻覚でも見ているのであろうか。
「式部省の役人に誘ってもらってなあ、折角の機会だ、お前も着いてくるか?」
「はぁ…?」
呆気に取られてそう溢してしまったが、本心は全くと言って真逆である。
反対などするはずがない、何せ仕事ができるのだ。この退屈で辛い日々からの脱却だ。
「それで私はどこに?」
「六条院…だったか、光る君が住むって言う」
「え⁉︎」
「六条院」という言葉を聞いてから数秒間は、開いた口が塞がらなかった。
六条院といえば、今の天下人で、天皇にも匹敵する程の権力を持つ「光源氏の君」が暮らす大豪邸!
最近都の外れに出来たと聞いて、すごく興味を持っていたところであったのだ。
六条院は、四つの御殿から成り立ち、それぞれの季節にゆかりのある主人を立たさせている。
六条院全体の主人として、光源氏。
春の御殿には、本妻であり美しい紫の上。
夏の御殿には、温和で慎ましい花散里。
秋の御殿には、冷泉帝の妻の秋好。
冬の御殿には、生真面目な明石の君。
そんな「現代の楽園」とも称されるところにお仕えするなどむしろ本望だ。
娘は二つ返事でその誘いを了承するのであった。