3. 二条院
新年の宮中行事が一段落し、光源氏は久しぶりにかつての邸宅・二条院に戻った。
東の院には、以前引き取った末摘花という不細工な姫と、一夜の仲であった空蝉の尼が住んでいる。
部屋に入ると、屏風の向こう側から白髪混じりの頭が見えた。
光源氏がその屏風を分けて入っていくと、そこにはぶるぶると震える末摘花の姿があった。光源氏はすぐにどうしたものか聞けば、彼女は小さく震えた声で言う。
「暖かい衣類を全て兄に渡してしまったのです、ですが、後悔はしていません」
「白地の衣を差し上げます、重ね着でもしてください」
光源氏が付きの女房に連絡を取ってからそういえば、青ざめていた彼女の顔はパッと明るくなった。
彼女の取り柄は、美しい黒髪と、素直で真面目な性格であった。
しかし歳の影響で、容姿は見る影もなくなってしまっていたのだが、その実直さはまだ失っていなかった。
「だが、自分を傷つけるのはいけない。己のことも大切にするように」
光源氏は姫にそう言い聞かせて、心配から後ろ髪を引かれて去っていった。
女房に倉から衣を出すよう伝達を行わせている間に、光源氏は同じく東の院に住まう空蝉の尼の元に向かう。
空蝉は出家し尼になって以降、尼らしく慎ましい生活をしていた。
我が物顔に振る舞わず、自分の身分を弁えて風情のある暮らしであった。
昔のことを話し合い、空蝉は微笑んで思い出したように話し出した。
以前、河内の守に彼女が言い寄られたという。そしてその懸想から逃げるように出家した。
その話を冗談混じりに言うと、光源氏は平然のように言った。
「ええ、存じていますよ」
するとその声を聞いた瞬間に、空蝉の頬は一気に紅潮した。
「まさか、知られていたとは…」
光源氏と空蝉は若い頃のように笑いあっては、時間が押していると言うことからそそくさと去っていこうとする。
すると、空蝉はその光源氏を呼び止めた。
「また、お越しくださいね」
空蝉は、悲しそうながら嬉しそうな顔でそう呼びかける。
その顔には、己が世俗の生活を捨てたことへの小さな後悔と、見事に出世した光源氏への尊敬が混じっていた。
「また、か…」
光源氏は現在齢三十六だ。己の死も静かに近づいてきている。
二条院で光源氏を待ち続ける二人の生活を見て、光源氏も複雑な気持ちを感じていた。




