1. 初音
六条院に正月がやってきた。
新年を祝う催しが行われた六条院は辺りも美しく飾り付けられ、この世の極楽浄土かの如く麗しかった。
六条院・春の御殿。女主人である紫の上は、自らが養育している養女・明石の姫君の、正月の初めに固いものを食べることで歯を丈夫にし、長寿を祝うという「歯固めの祝い」を行っていた。
そこに光源氏が尋ねる。すると光源氏は、祝いを終えた姫君へ文が届いていることに気づく。
姫君は女房から渡された文を開くと、その顔を赤く紅潮させた。すると、その様子を見た光源氏が、横から文を覗き込んだ。
「誰からだ?」
「…お母様だ!」
『年月をまつにひかれて経る人に 今日鶯の初音きかせよ』
(長い年月、子供の成長を待ち続けていた私に、今日はその初音を聞かせてください)
高貴な人にも劣らぬ見事な筆跡に、光源氏はつい感心してしまう。
だが、紫の上からの視線に、光源氏は乗り出した身を戻した。
幼く喜ぶ姫に対して、光源氏は少し考えた後に姫に提案を振る。
「では姫、貴女が返事をしましょう」
「でも、私には難しいです」
「大丈夫、一度書いてみなさい」
心配そうに見つめる姫を見て、光源氏は軽く頭に手を置いて、姫君が試行錯誤しながら返事を書く様子を見ていた。
その後、光源氏は夏の御殿を訪れる。
まず花散里を尋ねた光源氏は、己が選んだ晴れ着を着た彼女の姿を見て、姿の衰えを感じながらも内面の変わらなさに安心の息を溢した。
「玉鬘はいるか?」
「ええ、今西の対に」
軽い挨拶程度だったが、光源氏は花散里特有の「安心感」を改めて感じた。
「源氏の君!」
光源氏が玉鬘を尋ねると、玉鬘は待ってましたと言わんばかりに待機していた。
玉鬘の晴れ着は、山吹色と赤色の鮮やかな衣裳。光源氏が、彼女が山里育ちということも加味しながら選んだ美しい織物だ。
元の里で苦労したからだろうか、毛量は多くないものの、髪は綺麗に管理されていて、山吹色の衣裳の艶も相まって美しい。光源氏は、今が盛りの美しさだと心の中で誇らしくなる。
二人は話しているうちにとても打ち解け、光源氏が一つ頼みがある、と前置いて話し出す。
「よければ紫の上を訪ねてやってくれないか」
「わかりました!」
了承を聞いた源氏は、夏の御殿を後にする。
夕暮れ、光源氏は冬の御殿を訪れた。
しかし、目当ての明石の君の姿は見えない。少し残念に思った源氏がふと下を見ると、そこには硯と娘からの返信が書かれた紙が置かれていた。その紙には、明石の君による反故の和歌も同じく書かれていて、光源氏はつい微笑む。
「どなたですか」
帰ってきた明石は、暗がりに座り込む光源氏に声をかけた。光源氏は立ち上がり、明石に向かい合い、そして小さな声で言う。
「今日はここに泊まってもよろしいですか」
予想外のことに明石は一瞬戸惑ったが、すぐ嬉しそうに頷く。
新年早々外泊など、紫の上の機嫌を損ねるに決まっている。だが、源氏は明石の嫋やかさに負けた。
しかし、夜が明ける前には光源氏は冬の御殿を抜け、春の御殿に戻っていく。
その姿を見て、明石は寂しさを感じていた。




