1. ろくでなし
ろくでなしの父が、大ニュースを引き連れて帰ってきた。
螽斯の声が鳴り響く、因幡の田舎の集落。今日も彼女は、父の世話をしていた。
父は、元中流貴族・壬生家の次男。それほど悪くない身分で性分だったが、人は堕ちるところまで堕ちるものだ。
歌人の家系に生まれた父は、容姿も教養も身分もそれなりに持ち合わせており、それだけ聞けば、それなりの人生を歩めるはずのように思えるだろう。しかし、運だけが本当になかった。
時代柄、三男より次男、次男より長男だ。当たり前だが、それだけはどうしようもない問題だった。
彼の父は、齢三十四の頃に持病の悪化で死んだ。母は、子供がいない時を見計らって逃げた。
そうなれば、次を継ぐのは長男である彼の兄だ。兄は、同乳母であった娘を正妻に迎え、屋敷を自分たちのために改装し住むことにする。妻と水入らず新婚生活だ。成り上がれなかった弟どもなど邪魔だったのであろう、他にも多くいた弟たちを全て追い出した。
父は、この機会に都から遠くから離れた地で暮らすことにした。その辺に馬を歩かせていた適当なものに声をかけ、できるだけ遠くに、遥か向こうにと移動するだけの日々を何日も過ごした。
追い出されてから二週間ほどほっつき歩いた父は、一人、因幡国までたどり着いていた。
近くの集落に匿ってもらい、三年ほどでそこそこの職に就き、初恋の人を妻に迎え、ある程度幸せな暮らしを十五年ほど続けた。
その十五年で、生まれたのは四人の娘のみ。長い間昇進も引き延ばされていた。
ストレスは人を変える。酒は人を変える。
父は三十五になった頃、すっかり人が変わってしまった。元は出世願望もあり、マメな男だった。
母は、父に呆れて妹二人を連れてどこかへ逃げた。
母を失った今ではただの酒の亡者だ。情けない。
薄汚い埃の溜まった部屋の隅で、無言で酒を呑み続ける父を見て小さく溜息を溢す日々を、何ヶ月も続けていた。
「都で働くことになったんだ」
そんな父が、ある日の夜、友人宅で呑んでべろべろになって帰ってきた時の第一声がこれだった。次女は、唖然として硬直した。数秒経ったのち、やっとの思いで声を絞り出した。
「はあ?」