お姫様は現実世界にログインしてしまったようです
春の嵐が去ったあと
「未だ世界はあるのか」とため息を吐いた
乱れた髪も整えず
冷蔵庫に入れ忘れた牛乳をカップに注ぐ
生ぬるい食感で目が覚めた
カーテンを開ける
暴風を防いだベランダはゴミカスだらけ
倒れた植木をスリッパでコツン
すこぶるどうだって良い
この世界がどうなろうが
(私が幸せでない世界なんて
明日にでも壊れてしまえば良いんだ)
酷く冷え込んだ夜に
星たちが輝く
まるでダイヤモンドみたいに
降り積もる雪をかき分ける人
笑顔と感謝が交差する
その中に私は居ない
わかってる
この世界はとても尊いということ
宝石のように美しいということ
だからこそ、許せない
わかってる
ほんのちょっとの勇気が出せないまま
今日まで生きてしまった
こんな自分が許せない
この世界の楽しみ方も
ログインの仕方も忘れてしまったよ
ら・ら・ら
ら・ら・ら
夢の中だけではお姫様
心地よい手のぬくもりと翡翠の瞳が私を見つめる
「踊りませんか?」
不思議と夢の中なら上手く踊れるの
声も出せるし笑顔になれるの
よく整えられた私のブロンドの髪は肩まで伸びて
華奢で足の長いお姫様の姿になれる
なのにある日王子は言った
「貴女は大切なことがわかっていない」と
(黙れ! 私の何がわかるの!
あなたは御伽の王子
私の想像の域を超えない存在なのに!)
そうであって
そうであってほしいの
目覚めた私を呼ぶ声はない
一人が寂しい奴だなんて誰が言ったの?
寂しく感じるのはきっと
世界が妙に明るいからだ
「未だ世界はあるのか」と捨て台詞を言ってみる
今日の風は世界を滅ぼさなかった
どうして
取っての欠けたカップに牛乳を注ぐ
「……不味い」
また冷蔵庫に入れ忘れた
近所で誰かが笑ってる
知らないお婆ちゃんと孫、犬と家族……?
(すべてが煩くてたまらない)
なくなれ
消えてなくなれ
祈っても願っても
壁を蹴っても叩いても
わかってる
この声たちは止まないということを
わかってる
彼らの幸せこそが価値のあるモノだと
だったら私は何?
割れた鏡を睨みつけてベッドにダイブ
何度目かの夢を見る
今度会ったら王子の顔にビンタを喰らわして
深海に沈めてやろうかしら?
舞踏会場についた私はお姫様
王子は背中を向いていた
肩を掴みありったけの暴言を吐く
王子は一言呟いた
「貴女は大切なことをわかっていない」
(あなたになにがわかるの!
謝りなさい! それが出来ないのなら
犬のようにおとなしく黙りなさい!)
王子が振り向く
それは、私であるはずだった姿
憧れていた私の姿だ
「貴女は絶対に素敵になれる」
振り返った王子は泡粒になって弾けた
嵐のあとの夜はやけに静かだ
電車の走る音に車のドアバン
その全てが煩くて「生きてる」って感じがして
喧しい
夢からも追い払われた私は外に出た
髪も梳かずに
目的地のない散歩
誰とも目なんて合わさない
私の行く手をゴールデンレトリバーが塞いだ
まぁるい目を睨んだ
舌出して「へっへっへ」
何なんだコイツは
飼い主の男性が走って来る
謝罪の言葉だけ聞き入れてもう家へ帰ろう
速攻ログアウト笑える話
SNSに投稿したらいいねが貰えるだろうか
考えていたら男性が一言
「この子、撫でてみませんか」って言った
群がって来た子どもたち
見守る家族
……、
…………。
もしかして、現実世界にログインしちゃった?
掛けられる言葉
返答は全て卑下ばかり
自己肯定感なんてとっくに忘れたからね
「あなたは大切なことをわかっていませんよ」
黒目の男性が言う
卑下で否定したら首を大きく振る男性
「そんなボサボサの髪では、あなたの顔がよく見えない
栗色の大きな目がかわいいのに」
一瞬だけ公園が舞踏会場に見えた
ブロンドの髪のお姫様じゃないけれど
心の中で歌った
ら・ら・ら
ら・ら・ら
胸がギュッと押されて何かがこみ上げる
ずっとずっと忘れていたモノ
少しだけ
ほんの少しだけ
世界の崩壊を食い止めたくなったよ
風よ、今だけは穏やかで優しく吹け
「わんわんわん」と手柄のように鳴く犬
煩いけどなんだお前かわいいな
撫でてやろ――――
ぱくっ
咥えられた
私の手はクリームパンじゃねぇクソが
「一緒に踊りませんかお姫様?」