1、始動
「海翔くん、おはよう」
『先生。おはようございます』
特別病室に入り、そこで眠る少年を見る。
生まれた時から自力での呼吸が困難なうえに、目が見えず耳も聞こえず体を動かす事も出来ない。
膨大な機器が取り付けられ特殊な液体で満たされたこのカプセルに入っていなければ彼は数分もしない内に死んでしまう。
「今日は海翔くんにお知らせがあって来たんだ」
『何ですか?』
「新しいが薬が出来たんだ。その薬を使えば君の病気が治り、普通に生活が出来る様になるかもしれないんだよ」
15年もカプセルの中で生きてきた彼がデータで作り上げられた触れる事も感じる事も出来ない情報しかない物ではなく、普通の世界で生きていけるのなら本来ならこんなに嬉しい事はない。
『本当に治るんですか?』
「本当だよ。治療は時間がかかるしその間は痛みを感じるから、海翔くんにプレゼントが有るんだよ」
私は冷静を装って海翔くんと話す。
『何ですか?』
「今はまだ日本で実験をしている物だが、アメリカでは既に行われていることでね。治療をしている間に患者さんにゲームをプレイしてもらう物でね。ゲームをしている間は痛みは感じる事が無くて、海翔くんの治療には必要だと思ったんだ。
今回は運が良くてその機器を導入出来て、海翔くんが寝ている間に機器は設置したんだ。更にその会社の役員さんから販売がもうすぐの新作ゲームを海翔くんの為に用意してくれたんだ」
私は海翔くんに嘘を言う。
本来ならこんな物は捨ててしまいたかったが、そんな事をすれば奴等は何をするか分からない。
今も隠れて私の事を監視しているのだろう。
「このゲームは海翔くんが見る事が出来ない、地面や空を見る事が出来るし食べ物の味や匂いもちゃんとするんだよ」
『本当?』
「本当だ。このゲームをしている間は海翔くんは、普通の子達と同じ様に走ったり物を食べたり見る事が出来るんだ」
『やってみたい。僕、やってみたいです!』
海翔くんが嬉しそうな声で言う。
するとそれを見計らったかの様に数人の看護士と医師がやって来る。彼等の表情は虚ろで生気の無い目をしていて、黙ったまま機器の準備を始める。
「ゲームは12時から開始だから今からだと30分くらいあるけど、先にゲームにログインしようか。〔ゲームスタート〕と言えばゲームは始まるけど、その機器にはチャイムが設定されていてね。その音が鳴ったら一旦ゲームからログアウトするんだよ」
『分かりました。それじゃあ〔ゲームスタート〕!』
機器が静かな駆動音を鳴らし起動する。
私は複雑な表情で見ていると背後に立っていた黒いスーツの男が近寄って来る。
「先生、ご協力感謝します」
「お前達はあの子をどうするつもり何だ!」
「怒らないで下さい。これも全てはこの世界の為なのですから」
「それであの子を騙して怪物にするつもりなのか!」
「それは彼の選択次第ですよ。しかし、そうでもしなければこれから来る危機には立ち向かえません。あなたには見せてもいいでしょう。この世界の未来を」
スーツの男は私の手に触れる。
その瞬間、私の目には未来の世界が見えた。
「これが、これが私達の世界なのか!?」
「これを防ぐ為に資格の有る者に渡しているのです。あなたの怒りは分かりますが、彼には素質があったのです」
────────────────────────
目を覚ますと真っ暗な空間だった。
しかし、それよりも驚いたのは僕の目が本当に見えている事だ。体は自由に動くし歩く事も声を出す事も出来る。
「凄いや」
その時、目の前に青白い何かが現れる。
ゆらゆらと揺れるそれはゆっくりと何処かに向かって行く。
「待って!」
青白い物は触る事も掴む事も出来ずただゆっくりと進む。
黙って付いて行くと目の前に扉が現れる。
僕はドアノブに触れると勝手に扉が動く。
中に入ると部屋の真ん中に青白い物が静かに浮かんでいて、壁には様々な形の白い物が置かれている。
その中でも大きく2本の角が付いた物に惹かれ魅入ってしまう。
「何だろう?」
「それはミノタウロスの頭蓋骨だよ」
声をかけられ振り替えると女の人が立っていた。
「可愛らしいお客さんが私の所に来たな」
「誰ですか?」
「私はこのゲームの管理者の1人、死と海を司る女神ティスカだ。他の奴等の所には結構集まっているみたいだが、私の所に来たの奴はお前が初めてだ」
ティスカという女神様はまるで男の人の様に笑う。
「私の所に来たなら、お前には不死系のモンスターに適正があるんだな」
「不死?」
「1度は生き物として死んだが、再び蘇って動き出したモンスターの事だ。プレイヤーが選べるのはこいつらだな」
ティスカ様が指を振るうと僕の前に白いメニューが現れる。そこには様々なモンスターの名前が有り、触れると見た目と一緒に説明文が乗っている。
「不死系のモンスターは強力な力を持っている代わりに弱点も多い。例えばゴーストは殴ったり斬ったりする物理攻撃に強いが、火とか光とかの魔法攻撃には弱いんだよ。その弱点を消すのに種族を選んだりするんだが、選べない奴もあるから決めるなら慎重にならないとな」
「ティスカ様のおすすめは有るんですか?」
「私のおすすめか?それならスケルトンが私の中ではいいだろうな。弱点が多いがスケルトンは種族をモンスターからも選べるから色々と変更出来て面白いぞ」
「そうなんですね」
僕はティスカ様におすすめされたスケルトンを選ぶと次に種族選びになる。
種族も物凄く多くどれにするか迷ってしまう。
「お前はどんな種族が望み何だ?」
「僕は今まで体を動かした事が無かったので思いっきり体を動かせて、地面を早く走ってみたいです」
「それに合いそうなのは3つあるな。1つ目はオーガというモンスターで力が強くて体を動かすのには持ってこいだ」
調べて出てきたのは巨大な剣を持った巨大なスケルトンで、頭に短い2本の角が生えている。
「2つ目はケンタウロス。オーガと違って力は劣るが走る速さは馬と同じくらい速いぞ」
次に見たのは上半身が普通のスケルトンで、下半身が馬になっているケンタウロスだった。
「最後はミノタウロス。オーガと互角の力を持っていて短い距離ならケンタウロスよりも速く動けるモンスターだ」
「ティスカ様、僕はミノタウロスにします!」
「いいのか?」
「はい!」
それからティスカ様と相談しながら、このゲームの中での僕を作り上げる。時間はあっという間に過ぎていて、完成する頃にはゲーム開始まで残り3分程だった。
「いいじゃないか。実に私好みの男になったな」
「ティスカ様」
「そろそろ時間だな。さぁ、この世界を存分に楽しんできな」
ティスカ様に見送られて、僕は足元から現れた魔法陣の光に包み込まれた。