おしまいのぼうけんしゃ
冒険者とて人の子である。
引退理由の上位は任務中の怪我や死亡、それから人間関係。
仲間を喪って心折れた者もいれば、踏み台にされて消えた者もいる。そのやり口が悪辣かつ道理に反するものであれば信用を失う。冒険者は有形無形の信用で成り立つ商売でもあるのだ。
「なんでやっ! パーティー解散なんて聞いてないよっ」
冒険者ギルドの酒場。
六人前後が利用できるそこそこ大きめの円卓席。
荒くれものが集う場所だから頑丈さ第一の分厚い円卓が揺れる。卓の端を両手で叩き憤慨の感情を隠そうともしないのは、幼さの残る少年だ。着衣次第では少女でも通用してしまうほど小柄かつ線の細い少年だが、露出の高い服装と相反するように身の丈に匹敵する長剣を背負っている。
「一体全体、どないな事情でそないな結論に達したんや。説明次第ではボクはリーダーの決定を覆させてもらうで!」
ずびし、と指を突き付ける少年剣士。
それにつられて卓を囲む他の冒険者――回復職、魔法職、格闘職、いずれも見目麗しい美女美少女達――が、リーダーと呼ばれた盾職の中年男に視線を向ける。
人間関係の悪化によるパーティー解散は珍しくない。
大抵は男女関係であり、台頭する新人と衰えていく一方のベテランによる権力争いでもパーティーは簡単に崩壊する。だから周りの客である冒険者達も、少年剣士や中年男をニヤニヤと眺めながら事の推移を見守っている。
「説明、ここで?」
「せや! 皆が立会人や! 白黒つけるまでテコでも動かへんで!」
少年剣士の叫びに、周囲の野次馬共が酒杯を掲げる。
すっかり酒の肴である。
そうか、わかった。
三十路半ばの盾職は傍らに置いた背嚢より、ひと巻きの羊皮紙を取り出した。
蔓草の模様を彫った真鍮の筒で留められた巻紙を拡げれば、癖のある書体であるが大陸共通語で丁寧な文章が記されていた。大柄な種族によるものであろう、大きな文字。文末に捺された血判から察するに大鬼族、つまり鬼神の裔とされる武人の一族によるものだと大抵の冒険者は察するだろう。
当然、この円卓を囲む者も。
美女美少女3名は今も癖字の解読を進めているが、心当たりがあるのか少年剣士の表情は固まり、全身より滝のような汗を流している。
有罪かあ。
中年男は人差し指で卓を軽く叩く。
条件反射で美女美少女達が顔を上げるが、その頃には内容をある程度把握した者もいて、半数近くが額に青筋を浮かべていた。
「4か月ほど前、依頼で滞在した大鬼族の集落。其処の女戦士長ナンディア(334)が懐妊された。生まれてくる子は一族の大切な仲間として慈しみ育てるし、責任は求めない。ただし風習より生まれてくる子には父親の名の一部を用いるため、その許可を頂きたい。無論此方に移住するならば歓迎する、という内容だ――サンダース。宛先が俺だったので手紙を読ませてもらったが、これは君が持つべき手紙だ」
酒場が静寂に包まれる。
酒杯を掲げていた野次馬達も例外ではない。
「そして回復職パルス(44)、魔法職ケッフィ(31)、格闘職カ=ダ(16)の3名についても豊穣神殿の調査で懐妊が認められた。神殿の御厚意により親子判定の鑑定書も発行された」
中年男は背嚢より3通の書類を取り出す。
仲間の健康管理もパーティーリーダーの仕事である。契約した神殿で定期的に検査を行い、疾病や毒そして寄生生物の浸食を未然に防ぐのも冒険者の仕事の内であると考えていたからだ。
美女美少女達の視線が少年剣士サンダースに突き刺さる。
「妊娠した3名については冒険者組合より既定の出産補助金が支給される。神殿で親子判定も済ませたので育児年金も受理された。彼女達に出産の意思があるようなので、パーティの財産を等分割して譲渡する。
それとサンダースが孕ませた大鬼族の戦士長ナンディア様だが、限りなく精霊に近しい存在として周辺部族より現人神のように扱われている。当人は独りでも子を育て上げると健気に仰っていたが、彼女を盟主と仰ぐ巨人族、虎獣人族、淡水人魚族、海水人魚族、燕人族、竜人族の六氏族は一時期だがサンダースの首に生死不問で334万ノーブルの賞金を懸けようという話になった」
「なんでや!」
叫ぶ少年剣士。
一斉に距離を置く野次馬。
「おかしいやろ。確かに色んな事情でアレしたけど、間違いが起こっておねえちゃんがた不幸にならへんように魔法で守ってるハズやろ。ボクもリーダーも毎月神殿で立ち会ってたし、コトに及ぶ前にはきっちり事前確認もしてたで!」
「そうだ。女性側に落ち度はない。神殿の追跡調査でもそう結論付けられた」
「せやったら……ボクか、ボクがあかんのか。ボクがやらかしたんか」
中年男は沈黙をもって少年剣士の慟哭に答えた。
神殿による妊娠予防の魔法は様々な種類が存在する。内分泌の調整は様々な疾病の予防にもつながるため、服薬とは別に施術を推奨されている。あくまで望まぬ妊娠を防ぐための手段で、本人が強く望めば解除できるようにはなっている。
そういう意味では両者合意と言えなくもない。
関係した相手の数を考慮しなければ、であるが。
「4か月前に受けた依頼。75年周期で人里に現れる彗星飛竜の討伐。その血を浴びた俺とサンダースは【防御貫通】の加護っつーか呪詛みたいなモンを受けてしまったようだ。彗星飛竜が近くにある時、もしくは彗星飛竜由来の武具を身に着けている時に、あらゆる防御魔法を無視して攻撃できるンだと」
野次馬共が更に退いた。
「彗星飛竜を討伐し、その亡骸を大鬼族の集落へと持ち込んだ。あの晩、集落は大いに盛り上がりサンダースと意気投合したナンディア様ついでに俺以外のメンバー3名はナンディア様の部屋で二次会を独自に開催したと集落の古老より聞いている」
ちなみに中年男は討伐した彗星飛竜の解体を行い、同行していた商人と価格交渉を行ったり、破損した武具の見積もりを計算していた。もちろん竜種討伐なので冒険者組合への報告書も必要で、一次会の乾杯の挨拶を見届けた後は解体小屋で夜通し作業していたのだ。
「あくまで個人的提案だが、大鬼族の集落でも冒険者活動は続けられる。拠点を移せ。生まれてくる子をどこまで認知するかは知らん。だが誠意を尽くす限り周囲の部族は黙認してくれる」
「待って。リーダー、待って、後生や」
「他のメンバー3名は何処で出産するにせよ今日で冒険者活動を休止する。これが解散に至った経緯だが、異議はあれば言ってほしい」
ハーフエルフの回復職パルス(44)を見た。外見は十代でも通用するが、中年男より一回り以上も年上の清楚な美人である。プラムの果実を丸かじりしていた彼女は幸せそうに微笑んだ。
「今までありがとう、主将」
魔法職ケッフィ(31)を見た。人間の魔法使いで、中年男の妹分とでも言うべき同郷の出身だ。従姪でなければと思ったことも一度ではなかったが、中年男は最後までそれを表に出すことは無かった。
「兄さん。わたし幸せになる」
格闘職カ=ダ(16)を見た。そういえば彼女は虎の獣人族であったと中年男は思い出した。彼女の伝手で彗星飛竜の習性などを調べられたのだ。
「是。雷精、ナンディア様と共に暮らす」
彼女達も覚悟を決めたようだ。
とりあえず逃げようとした少年剣士サンダース(13)をパンツ一丁に剥くとロープで縛り上げ、中年男は拳を天に突き上げた。
野次馬だった冒険者、特に独身男たちが野太い声で叫ぶ。
畜生、もげろ。
畜生、幸せにしろよ。
畜生、手前が逝くのは人生の墓場だ。
畜生、手前は竜退治よりも過酷な育児の道を進むんだ。
男共は叫びながら縛られた少年剣士のパンツに銀貨をねじ込み、酒を飲んでいく。邪神復活を目論む悪の秘密結社もドン引きする混沌の宴が始まろうとしていた。
翌日。
彼らのパーティーは解散届が無事受理された。
美女美少女冒険者達は縛られ顔中をキスマークだらけにした少年剣士を引きずって最寄りの区役所へと婚姻届けを提出し、それを見届けた盾職の中年男は旅支度を済ませるとそのまま街の外へと姿を消した。
今日は山からの颪がやけに強い。
大盾を背負った男のその後を知る者はいない。
【登場人物紹介】
サンダース(13)
血気盛んな少年剣士。ショタ。10歳くらいから見習いとして頑張ってきた。冒険者として身を立て夢は大英雄! 頼れる先輩冒険者と二人三脚で頑張ってたら美女美少女冒険者が押しかけてきた。わっはー! 飛竜退治! これでボクらも一躍有名冒険者だねリーダー! ふわー、竜退治の後の宴会ってたのしー、お酒とか初めて飲んだ―。わー、大鬼族のおねえさん美人だー、おっきいなー。えー、二次会~? でもリーダーが残業してるのに……邪魔しちゃいけない、かあ。ボクはねえ、ほんとうはリーダーのおよめさんになりたいんだあ、でもねえ。わあい、おさけおいしいなあ。皆で静かに飲(以降理性暴走)
ナンディア(334)
大鬼族をまとめる戦士長にして巫女姫。身長200センチくらいある。永遠の17歳。75年周期で人里に現れる飛竜を退治した勇者! ちっこい! かわいい! 勇気ある! お酒はじめて? そっかー、酒の作法を教えよう。戦士長とは口移しで酒を飲ませること。ふにゃああ、およめさんになりゅうううう。なったああああ。やったあああ。ばんにゃああああい! わんわん、わんわんっ! かえってきただんなさまあ! (マーキング)
パルス(44)
ハーフエルフの回復職。ハーフエルフなので(44)でも行き遅れではありません。(強弁) ハーフエルフだから10歳の男の子が健気に冒険者頑張ろうとするのを遠くから見守っていただけなんです信じてください! 子孫を残せるようになったけど骨格が大人になり切れていない今だからこそ摂取できる栄養素があるんです! リーダーが残業で忙殺されている内に卒業式すませましょう! ほーらほら、大人の階段でちゅよ~。ふぅ
ケッフィ(31)
魔法職。リーダーの従姪。サンダース君が兄さんをメスの貌で見てる。駄目。そんなの許さない。魔法使いの学校への費用を工面してくれた兄さん。本当はユーモアが大好きな兄さん。物真似が上手な兄さん。決して結ばれてはいけない兄さん。それなのにメス貌で近付くなんてサンダース君許せない……お堀に沈めてあげようかしら……まずは兄さんと話さなきゃ。百戦錬磨の私にかかればサンダース君(13)なんてあっという間n(ミイラ取りがミイラに)
カ=ダ(16)
虎獣人族の格闘職。袖なし半ズボンで大剣を振り回すサンダース君(13)は歩く痴漢広告だもん。女冒険者達がいつも大変な思いをしているんだもん。泣きながら夜中にパンツを洗っていた時に匂い付けされたもん。サンダース君(13)がリーダーの脱ぎたてシャツに顔を埋めてくんかくんかしてたのを見て時間的猶予はもはや限界だと思っていたもん。後天的に性癖歪んだのなら後天的に治すことも容易なはずだもん。
リーダー(33)
サンダース、パルス、ケッフィ、そしてカ=ダ。お前たちとの冒険の旅は俺の人生の宝物だっ! お前らは人生という長い旅路を一緒に過ごす掛け替えのないパートナーを手に入れたっ! そこに俺みたいな邪魔者がいちゃあ良くねえ。フッ、心配するな。これでも俺はドラゴンスレイヤーだ、そう簡単にはくたばらねえよ。
いつかお前らが戦い忘れて穏やかな日々を過ごせるようになったら、ひょっこり顔を見せに行くのも悪くねえな。
それじゃあ、ア~バヨッ!