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ゴーストウィードは真実に咲く  作者: 朽木真文
一章・氷が獣に触れた日
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1・冷たい奔獣

「あの人、いっつも人使いが荒いですよねー」


 路地裏をコツコツとブーツの靴音を鳴らしながら、少女が前髪を弄りながら呟く。

 緩やかなウェーブの掛かったプラチナブロンドの髪を、後頭部で馬尾のようにまとめている。

 黒いブーツをコツコツと慣らし、腰に佩いた白金色の剣を金音と共に揺らす少女は、襞の付いた胸飾りが苦しいのか、手で首との隙間を大きく開けた。

 しかし面倒そうなその様子は吹き飛び、何かを思い出したのか恍惚とした表情を浮かべ脚を弾ませる。


「でもっ!? 久しぶりにグレシアさんの声が聴けましたしっ!? これはこれでアリ!? アリかもですね!」


 少女はまるでバレエでも踊るかのように、くるくると回転しながら路地裏の角を曲がる。

 複雑な紋章が描かれたペンダントが、首元で兎のように楽し気に跳ねる。

 一部が欠損した釣り鐘、それを両脇から見つめる座った犬。そんな紋章が描かれたペンダントが。


「あーグレシアさん、私のグレシアさぁん……。今後一切グレシアさんを誑かす男が現れませんよぉーうにぃ……! もし現れてしまえば私は思わずそいつの息の根を止めてしまうかもしれませんグレシアさんは絶対止めるでしょうけど」


 祈るように手を重ね早口で呟く少女。その常人とは言えない様子に、ただでさえ人通りが少ない路地裏の人達が、彼女を避け始めている。

 そんな周囲の様子を意に介そうともせず、彼女は足早に路地裏を歩んでいく。


「あれ? えぇっと、どこでしたっけ」


 ふと歩みが止まる。同時に少女は、灰色のパンツから取り出した折り畳まれたメモ帳を開く。

 そしてそこに殴り書きで記さた数字を確認し、今度はその紙片をくしゃくしゃに握り潰し、乱雑にポケットにしまった。


「はいはい、そこでしたね。急いで向かわな……――――」


 刹那、くりくりとしたトパーズを嵌め込んだ眼が、鋭い細いものへと変わった。

 同時に、彼女は腰の処刑剣、またの名をリヒトシュヴェーアトの柄に手を掛ける。


「おかしいですね、襲撃者はグレシアさん達が撃退したと聞きましたが。貴方方は、別動体……ですかね?」


 彼女の前方から、そして背後から。彼女の退路を確実に断つように立ち塞がる人影が露わとなっていく。

 七人にも上るその一団は、それぞれが確実に人を簡単に死に至らしめることが出来る得物を有し、殺意の籠った瞳で少女を見据えていた。


「悪いですが、その人数でも負けませんよ」


 じり、と石畳の上を彼女の黒いブーツが滑る。上半身が落ち、深紅の布が巻き付けられた剣の柄を握る。


「ボードゲームで、雑学で、医学知識で、犯罪学で。何度も負けて来た私ですが、剣でグレ……あの人に負けたことはありません」


 ゆっくりと、剣を引き抜く。

 まるで銀食器のような白銀の刀身。それは恐らく、戦闘用の武器では無いのだろう。

 幅の広い刃は確かに斬る為の物ではあるが、華美な彫刻が施されていた。その柄頭は洋梨のような奇妙な形状。刃の先端部は丸く、まるで先の潰れた釘のようだ。これでは、突き殺す事さえ満足に叶わない。


「剣だけは彼女にも、他の誰にも負けません。これは私の……――――」


 少女の姿が消えた。

 正確には、襲撃者達にとってそれは、視覚で認識することすら難しい速度であった。

 もしここに、連続的に写真が撮れる写真機があったなら、彼女の動きを正確に捉えることが出来ただろう。

 這うようにして前方に立つ男の腹を、その剣で切り裂いた少女の動きが。


「……――――全てなのだから」


 鮮血が鮮やかな飛沫を上げ、男が倒れた。

 全ての襲撃者の者達が、その表情を変化させる。眼前の少女が只の少女では無いことを、身を以て知った故に。


「速っ」

「なんっ」

「遅いですよ? ちゃんと朝ご飯食べてます?」


 煽るような口調は、リアルタイムで命の命の遣り取りをしているとは一切思わせない。まるで一切の緊張を感じさせない。

 この言葉の間にもまるで流れ作業のように、二人の襲撃者の腹を切り裂いているというのに。


「グレシアさんが言っていたんですけど」

「ぐぁッ!?」


 また一人。少女は壁を駆けた。軽やかな動きはまるで落ちる羽のように、敵の剣をふわりと躱す。


「朝食は食べないと一日のパフォーマンスに大きく関わるらしいですよ?」

「いっ!?」

「がァっ!」


 今度は二人。切り裂いた男の一人を大きく蹴り飛ばすと、男はまるで蹴られたボールのように壁で跳ねる。

 華奢な少女の外見から想像も出来ない怪力に、残された者達が戦慄の表情を浮かべた。


「私も昔は食べてなかったんですけど、言われてから食べるようになりました。お陰でほら」

「うぁッ!?」


 数えて六人目を斬り捨て、彼女は大きく剣を振り血糊を払い落した。血潮が路地裏に、美しい線を描く。


「調子がいいんですよね」

「な、なん……! やめ……!」


 最後に残った男が恐怖に声を震わせ、腰が砕けたのか尻もちを突きそのまま座り込んでいる。

 それも仕方の無い事。ほんの、林檎の皮を剥くようなそんな短い時の中で、路地裏に血の海が形作られたのだから。


「そんなに怖がらなくても殺しませんよ。そして殺してません。全部致命傷を避けてますので、人を死神を見るような眼で見ないでください。不快です」


 少女に言われ、男は石畳に赤い水溜まりを作りながら倒れる他の者達へ視線を向ける。

 彼女の言う通り、彼らは確かに小さくは無い傷を負ってはいるものの、その息が途絶えている訳では無かった。

 出血は止まらなくとも、まだ息はある。

 少女は丸く、一切の鋭利さが無い剣先を喉元に突き付けた。


「で、何者です? 私を襲ったのは何の目的で? 答えないのなら、彼らとは別に殺してもいいんですよ?」

「い、言う! 言うから!」

「よろしい」


 男の答えを聞き、少女は懐から取り出した布で付着した血を丁寧に拭い取る。ただ、まだ鞘に収めない。


「俺達は頼まれてやっただけだ! イカれた異能犯罪者の野郎共に、たっ頼まれてやっただけで!」

「なるほど、その者達の詳細は?」


 今度こそ鞘に剣を収め、彼女は男が喋る内容をすらすらとメモ帳に記していく。襲撃者の雇い主、雇い主の詳細な情報、容姿、様子、声色、性別。

 暫く、男の言葉が詰まる。


「もう無さそうですね。いいですよ、帰って。私は愛しいグ……お方に会わないといけないので、失礼しますね」


 メモ帳を仕舞い、男に恭しく一礼すると、くるりと身を翻し路地裏の奥へと進んでいく。ただ、数歩歩いた後に用事を思い出したように振り返る。


「あっ、医者を呼んでおいた方がいいですよ。一応浅く斬りましたけど、失血で死ぬ可能性もありますから。では」

「……あ、あんた、一体何者なんだ?」


 行く先に転がる襲撃者の身体を蹴飛ばし、彼女は歩みながらひらひらと手を翻した。


「ヴェリタス探偵事務所、アリアです。どうぞ、御贔屓に」

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