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ゴーストウィードは真実に咲く  作者: 朽木真文
一章・氷が獣に触れた日
3/14

2・透明な幽鬼

 クインテッド北西、ウェンブリーのメインストリート。その街道を歩く人々は多くとも、理知的な少女と警察の男、という歪な組み合わせの二人はレア、こと()()()()()()()()()()()と、ディグ、こと()()()()()()()()()()だけだろう。


「いあむかっえうもわ?」

「……四人目が最後に目撃された場所だ。お前の異能、役に立つとしたら最後の奴だけだろ」

「ほうだえ」


 その風貌は二人とも、先刻と何ら変わらない。

 ディギタスは紺のパンツと背広、黒いネクタイとワイシャツに金属のホイッスル。腰から提げているのは、レイピアと銀のリボルバーが収まったホルスターだ。

 グレシアは白いブラウスの襟元で真紅の紐ネクタイを蝶結びに。黒いショートパンツに、同じく黒いロングソックス。血のような昏い赤のブーツは、ディギタスよりも二回りほど小さい。

 彼女はキャラメル色のトレンチコートのポケットに手を突っ込み、露店で売られている棒状の氷菓子を加えながら、注意深く辺りを見回し歩いている。


「ふぁいごおひがいはわはふかななはいもほうほだったよえ? ひうま、あほびいくほははおやにふげほのああ……――――」

「いや分からん分からん! 喋る時ぐらいその棒出さねぇか!? 解読するこっちの身にもなってくれ!」


 グレシアはディギタスに言われようやく、ずっと咥えたままだった氷菓子に付いていた木の棒を口から抜き出す。棒先がグレシアの口から唾液を引き、糸を形作る。


「ごめんごめん、さっき伝わったからさ。……最後の被害者は確か七歳の少女だったよね? 昼間、遊びに行くと母親に告げそのまま行方が不明になった。合ってる?」

「あぁ」


 ディギタスが頷く。


「あとお前、冬に氷菓子食うの寒くねぇの?」

「そんな事言われても、好きなものは好きなんだ。仕方ないじゃあないか」


 彼女は棒を手折ると、路上に設置されているゴミ箱へ放り投げた。


「だとすると、彼女の目撃情報は期待できそうか白昼堂々の犯行だからね。うん、或いは計画性のある犯行なのか、余程自信があるのか」

「誘拐の証拠も犯人の目撃情報も無いんだもんな。こりゃ怨霊騒ぎも納得だわ」

「さながら『()()()()()』だね。腕が鳴る」


 言葉通り、袖を捲ったグレシアが腕を回した。直後、「さむっ」と小さく呟き捲った袖を元に戻す。

 クインテッドは既に十一月。四季のあるこのブレタリア王国では、厳冬の真っただ中であった。


「にしても寒いな、こんな中で、被害者の女の子は外で遊んだのか? 冗談だろ」

「全くだ。私はもう、暖房の効いた事務所の紅茶が恋しくてたまらな、へくちっ!」


 可愛らしい声と共にグレシアが上体を激しく前に倒し、くしゃみをした。


「おいおい風邪か? 所長が風邪になったら、暫く探偵稼業はお休みだな」

「うう、完全に服装を間違えた……。そうだねぇ、そろそろ弟子を取らねば。アリアもレイも、恐らく向いてないだろうから。あぁ君は論外だ、ディグ」

「うるせぇ。俺はお前のお守だけでいいんだ」


 暫くそうして軽口を叩き合っていた二人だったが、数度路地を曲がったところで唐突にその歩みを止める。

 先刻前まで歩いていた大通りとは異なり、少し道が狭い。立ち並ぶ戸建ての建築物により陽光と周囲からの視線も遮られており、薄暗い場所だった。


「少し暗いねぇ。白日によくも、とは思ったけど、これなら案外機会はありそうだ。環境犯罪学における統計とも符合してる」

「んな学問あんのか。まぁ取り敢えず、脚で稼ぐ時間だな?」

「頼む」


 無気力にそう告げるグレシアに軽く微笑みかけ、ディギタスはグレシアの元を離れていく。

 足で稼ぐ。この言葉が意味することを詳しく説明するならば、対象がこの場所で目撃された時間帯や日時に、同じくこの場所にいただろうとされる人間に対象のことを尋ねることで、情報を得ようとする試みだ。端的に表すならば、訊き込みというやつである。

 無論グレシアが聞き込みを行っても構わない。ただ、彼女の喋りは少し個性的が過ぎる。ここは、警察であり弁論に長けるという程でも無いが下手という訳では無い、ディギタスが適任。というだけ。


「ん……――――」


 ディギタスが訊き込みに行ったのを確認し、グレシアは顎に手を置いて黙り込む。足元の石畳を黙って見つめ、何かを探すように眼球を忙しなく右往左往させながら。

 刹那、眼窩に宿るサファイアが、虹色の光を宿した。

 そうしてしばらくすると、ディギタスが意気揚々と彼女の元に戻る。グレシアの瞳の色はもう、曇り無い蒼に戻っていた。


「収穫があったみたいだね」

「あぁ、どうやら行方不明になったその日、西の通りへ行ったらしい。それも、一人で」

「西、クインテッドの外側だね。遊びに行くと言うには、少し違和感が残る」

「いつも一緒にいる友達がいなかったから印象に残ってたらしい」


 懐から取り出した紙煙草に、ディグはマッチを擦り火を付けた。

 最後に行方が不明になったのはエマ・エバンズ。市内の学校に通う、逆に言えば通う事が可能な中流階層の長女。

 学校での友人付き合いは良好、趣味は読書に特技は料理のお手伝い。得意教科は算数、苦手教科は歴史。特筆して語る所も無い、叙事詩ならば登場することも無いだろう平々凡々な少女。

 十一月十二日、日曜日。時刻は午後一時十五分頃。昼食を終え、暇を持て余したエマは、遊びに行くと母親に告げた。

 母親はいつも遊んでいた学校で知り合った友人と遊ぶものだと思い込み、快諾。エマはそのまま家を出る。

 その後、いつもなら帰ってきていた時刻にエマが帰ってこず、警察へと通報。その後、捜索されるも、現在に至るまでその足取りは掴めていない。


「一人で? こんなところに遊びに? うん、少しきな臭くなってきたね」

「行くぞ」

「あぁ」


 グレシアらは、既にエバンズの母親からも、エマの友人らからも話を聞いている。

 その日、友人らはそれぞれの用事があり遊ぶ約束はしていなかった。そして、エマ・エバンズは軽々と遠出するような性格ではない。その上、クインテッドから出たくないという発言もあったらしい。

 年相応の少女のように、暗闇を過度に怖がり、幽霊の存在を信じていた。だからこそ、このような裏路地に来ること自体が有り得ない事態。


「本当に幽霊だったらどうするよ」

「まさか。その時は、そうだな。君と同衾(どうきん)してもいい」

「あぁー絶対やめろ。俺がアネモネに殺されちまう」

「フフッ、分かってるよ。冗談、さ」


 困り顔のディギタスの隣で、口許に手を当てグレシアが悪戯っぽくくすくすと笑った。

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