第8話
「私の力ですか?」
テレスは疑問たっぷりの目線と声質で答えた。それを見て紫苑はテレス自身が先程の力を行使したことを覚えていないことを察した。しかし紫苑はそこに触れることは一切なくそのまま話を進めた。
「そうだな。まず人と言うものに備わっている力は分かるか?」
「魔力のことですか?それなら私には存在すらしてませんよ?」
紫苑の問に答えたテレスは何が言いたいのかわからないように言った。
この大陸の常識では人間の宿すエネルギー的な力は魔力と言うものだけだ。そのためこの大陸の人間に同じ質問をしてもテレスのような回答になるだろう。しかしそれはこの大陸だけなのである。
「確かにこの大陸では殆どの人間には魔力と言うものが備わるだろう。しかしこの世界にある力とは決してそれだけでは無い」
「そんな力があるのですか?」
「魔力以外にも私達に備わる力があると?」
「そんな力聞いたことがないけど」
三者三様の反応を紫苑に向ける。3人とも疑うように紫苑を見ている。
「ああ、そうだ。基本的に人が宿す力は生まれた時に決まる。血筋で持つ力は決まるからな。それに俺も魔力などは持っておらん。しかしこのような術は使える」
そう言って紫苑は少し離れたところに結界を作った。それを見たルーナとクリスの2人は驚いた表情を浮かべるのだがテレスはわかっていないようでキョトンとしていた。
「なっ!魔力を一切感じなかった」
「えっ?そうなのですか?私には何も…」
「うん。クリスの言う通りだよ魔力は一切感じなかったよ。けど何か別の感じがしたような気がする」
何も違う力だからといって他の力を感じられないことは無い。だからこそ魔力を操る2人にも紫苑の出した力を感じ取ることは出来た。
紫苑は自身の使った力の説明を始めた。
「今俺が使った力は霊力と言うものだ。結界や占い。召喚術が強く、魔力とは違う五行の属性をを持っている」
「なら魔力は?」
ルーナが質問をする。
「基本的に魔力とは万能な力だ。大体のことは出来る。しかし魔力はその方面の力には劣る。万能ゆえに届かぬ」
「強みがない?」
「いや、色々なことに対応できるからな。守りに攻め、支援など色々とな」
「では、どういうことですか?」
クリスも気になっていたのか直ぐに質問をする。それに対して紫苑は直ぐに答えた。
「例えば同じ力の量で俺が霊力で作った結界とクリスが魔力で作った結界では耐久力が俺の方が高い」
最後の説明で納得したのか2人は頷いてくれた。
紫苑は一旦そこで区切ると全員を見渡し話を続けられるか確認し、大丈夫そうなため話をつづけた。
「本題に入るぞ。この世界にある基本的な力の属性は7つある。魔力、霊力、霊気、龍気、鬼力、仙気、そして神力だ。全てを説明すると長くなるからせぬ。このうち霊気と呼ばれる力がテレスに宿っている」
紫苑は話の基盤になることを説明し終えた。この大陸の人たちは魔力しか知らないため事前知識は必要なのである。
紫苑は火の弱くなった焚き火に薪をくべる
「霊気、それがテレス様に宿る力…」
「そのような力が私に…」
クリスとルーナは吸い込まれるように地面に顔を向けて考え込むようにブツブツと言っている。そこで好奇心をまだ持つルーナが質問をしてきた。
「じゃあ、霊気ってどういう力なの?」
「霊気と言うのはな精霊が使う力だ」
「精霊って自然を豊かにして守るって言うあの?」
「そうだ」
霊気とは自然の中に存在する精霊が用いる力である。基本的に人間の前に姿を表さず持って自然の中で生き、自然の力を宿す存在。そのような存在の力がテレスには宿っている。
「ちょっと待って下さい。そのような力が私にあるならどうして私には何も出来ないのですか?…しかもどうして貴方にそれがわかるんですか?」
(予想はしていたがやはり先程の自信が行使した事実を忘れているようだな)
どうやらテレスは覚えていないようだった。暴走ゆえに自身の意思がなかったからなのかそれとも他に要因があるかは誰にもわかることではない。しかしただひとつわかることがあるとすれば先程のことでテレスの閉じていた蛇口が開いてしまったということだけである。
「お主にその力が宿っている理由は俺には分からんが、その力はおそらく自身かそれともお主の友であるルーナの危機に反射して出てきたのだろう。そしてわかる理由は数年前に見たことがあるからだ」
「貴方は精霊に会ったことがあるんですか?それに私がルーナの為に?」
「ああ、そうだ」
テレスは何かを噛み締めるように自分の手を見ていた。
「私がその力を使えるようになれば2人を守れるようになりますか?」
テレスは紫苑の顔を真っ直ぐ見ていた。自身の生活を奪った者への復讐ではなく守るための質問は優しさを感じ取ることが出来た。
「なれると保証は出来るが俺自身その力の使い方は知らんでな。自分で見つけるしかないぞ?」
紫苑は霊気を宿している訳では無い。しかし彼女が望むなら紫苑はできる限り手伝おうと思っている。
「テレス様、私が貴方を守ります。だから貴方が自ら傷つきに行く必要はないのですよ?」
クリスがテレスを気遣うように言った。その表情は心配を浮かべている。多分それは己の主を必要以上に傷つかせないために。
「ありがとうクリス。でも私は強くなりたい。誰かに守られて傷を負わず逃げるのでは無く、誰かを護って傷つきたい!」
テレスは力強くそう言った。それを見たルーナも何かを考え込むような素振りを見せた。
「ねぇ、クリス私も強くやりたい。だから私に戦うことを教えて?」
「私からもお願いします」
2人の願いを聞いて少し考え込むクリスはどうすれば良いのかを考えているようだ。
確かに従者としては余り主を前に立たして戦わせたくはないだろう。仕方の無いことだ。
自分達の無力を知った2人は止まることはない。紫苑はその決意を感じ取り焚き付けた本人としてクリスに進言した。
「やる気あるなら十分だ。教えてやりな。それがお主の主の願いだ」
「……分かりました。やるからには厳しく行きますよ?ルーナ様」
「うん。ありがとうね。ワガママ聞いてもらって」
「いえ、私の方こそ貴方たちの覚悟を軽視してしまって。しかしテレス様の力、霊気?ですよね。それはどうやって教えるのですか?私は魔力しか分からないですよ?」
誰も霊気を扱えないと言う状況ではクリスの心配は必要な心配である。しかし紫苑は慌てることも無く落ち着いていた。
「ある程度は出来るが全ては出来ん。だがテレスはもうその力を解放した状態だ。今までの体の中に押し込めていたのとは訳が違うからな。そなたはもう体の中にある違和感を感じれるはずだ」
「違和感……何かこう、体の中でモヤモヤがあるような感じですか?」
「おそらくそれだ。少し無責任かもしれんが使い方はそなたが見つけろ。その力が存分に使えるように場は整えてやるからな」
「はい!ありがとうございます!」
元気よく挨拶するテレスはわくわくしているようだった。
テレスは魔力と言う力を扱える人たちの中で育ちながら自分だけ使えないということで差別を受けていた。それでもここまで明るいことに紫苑は驚く。
帝国もテレスの力が狙いだろう。その強大な力があれば簡単にこの大陸を支配できる程なのだから。そのためにテレスには力をつけてもらわないといけない。
クリスとルーナの方も話をしているようだ。
「とりあえず大方の説明は終わった。これから旅の途中でその力の練習は行おう」
「今からでは無いんですか?」
「ああ、やる気があるのにすまんな。明日は街によって旅の準備をしないといかんからな。とりあえず休め」
「分かりました。じゃあルーナ達を呼んできますか?」
「そうしてくれると助かる」
紫苑の返答を聞いてクリス達の方に向かったテレスは先程よりも明るく見えた。不安もあるのだろう。しかしそれだけでは無い。自身が守ることの出来る強さを身につけることが出来ることに対する嬉しさがあるのだろう。
それから3人が戻って来てから少しして紫苑たちは眠りに着いた。