第6話
「本当に申し訳ありませんでした!」
そう言って女騎士は頭を下げた。見事な土下座で起きたてとは思えないほどの見事な速さであった。
日が暮れる前に薪を集め終えた紫苑は夕食を作っていた。具材を切り、鍋に水を入れ煮込み味噌を入れる。野外なのでそこまでの物を作るのは無理なためそこまで凝ったものは作れない。それに紫苑自身もそこまで料理が上手いわけではない。ある程度の器具があっても一般のものしか作れない。あるひとつを除いては。
そうして鍋もどきが完成した時不意に女騎士が起き上がった。女騎士は警戒したように辺りを見渡したあと紫苑と目が合った。警戒していたようだが目があって数秒みるみる顔を青くしたと思うと立ち上がり土下座をしてきた。
(もう少し寝てると思っておったが早いものだ)
「少し落ち着け、一体全体どうしたのだ?」
紫苑がそう質問すると顔を赤らめた女騎士は顔を横に横に背けて恥ずかしそうに話し出した。
「そ、それはそのぉ、先程私は貴殿に恩を仇で返すように突っかかり貴方を斬ろうと仕掛けました。王女様達を助けて貰ったのは周りの状況をしっかり見ていたらすぐに分かった筈です。それを無視してしまったのは疲れていたとはいえ騎士として恥ずかしい」
どうやら騎士としての誇りを大事にしているようだ。あのまま起きて突っかかって来ることも無く、自分から謝ったことには驚かされる。正直謝る程のこととは紫苑は認識していなかった。騎士とは紫苑の国で言う侍に近い。主君のためを思うのは大切なものである。
「ああ、確かにいきなり突っかかって来たな」
「くっ、改めて言われるとキツイですね」
「だが気にする必要はないぞ。俺も似たようなことが起これば同じことをしていただろう。疲れていて焦っておったのだろう?主を持つものとしてなら良い事だ。逆に信じ過ぎるのよくあるまい。謝るような恥に思う必要はない」
囮になる時、死んで守ることは誰にでも出来る。しかし生きて誰かを守ることは難しい。囮とは死ぬ可能性が高いのだがら生き残っていても疲労は溜まるだろうことは明白である。
「敵なら既にこの状況がおかしいことです。起きて貴殿との会話を思い出しました。…どうか謝罪は受け取ってください。恩人に剣を向けたのに謝罪すらしないのは私の騎士の誇りにも関わります」
再度頭を下げる騎士にため息を吐いた。こうも頑なに言われても紫苑としてはそこまで言われるようなことでは無いため受け取りにくい。どうするか悩んでいるとペシペシと八重香が騎士の頭を叩いている。女騎士も突然の事で驚いていた。
(八重香よ、何をやっておる)
紫苑は八重香を手でこちらに来させると膝の上に乗せて捕まえた。流石にあのままにしては置けなかった。だがこのままでは埒が明かないのもそうなので紫苑は自身が折れることにした。
「謝罪は受け取ろう。だがまだ警戒しておるのだろう?そこまで謝る必要はなかったのだぞ?」
「気づいていたんですね」
「あったばかりのものを完全に信用するなど無理な事だ。…それにお主の気が張っておった」
最初、女騎士は警戒していた。それは謝ってきていても変わらなかった。それにときおりこちらを伺うように何回か見てきた。信用出来るか見ているのだろう。謝ったのも様子を見るのもあったのかもしれない。
初めてあったばかりのものを簡単に信用するなど不用心にも程がある。しかも敵に襲われた後なら余計だ。そんなことを王侯貴族の護衛をする騎士がやるわけがない。するなら余程のバカかお人好しだ。
「すみません。わかり易すぎましたか?」
「気にする事はない。仕方の無いことだ」
「恥ずかしい限りです」
警戒は崩さず気は少し張っていたがそれでも少しは信用してくれたのか緩くはなった。そう思っているグゥ〜と音が鳴った。紫苑が音源へと顔を向けると女騎士が湯気でも出るのではと思うぐらいに顔を真っ赤にさせていた。辺りには味噌のいい匂いが漂っていて食欲を誘うには十分なぐらいだ。
「そろそろ飯にするか。そなたも腹が減っておるだろう?食え」
紫苑がそう言うと女騎士は顔を赤く染めたまま考えるように首を傾げた。
「どうした?まだ信用ならんか?」
「…いえ、テレスティナ様達が起きてからにして頂きます」
「それには及ばんよ。その2人ならそこでお主のことを見ておるぞ」
「えっ?」
紫苑が女騎士の後ろに目線を向けた。それに合わせて彼女も後ろに振り向くのだがそこには眠りから覚めて座っている2人の少女が居た。
女騎士がその光景に固まると気まずい空気が流れる。
それから少し時間が経つと女騎士が動き出す。
「テレスティナさまぁ?!い、いつの間に!」
飛び上がりそうな勢いで驚く女騎士は先程までの堅物そうな顔を崩してしまっていた。
「えっと、そのクリスティン様が土下座をしたあたりから…です」
テレスティナと呼ばれた金髪の少女が答えた。少し遠慮気味に言っている。対して隣の銀髪の少女はお腹を抱えて笑っている。
「アハハハハっ私の騎士としての誇りに関わる」
「あぁー辞めてください。恥ずかしすぎますぅ。忘れて下さい。お願いします」
真っ赤に頬を染めて泣きそうになりながらどうにかやめてもらおうと必死にお願いしているがやめる様子は一切ない。銀髪の少女が小悪魔に見えてくる。あたふたとしている姿はどうにか気持ちを抑えた腹の音が鳴った先程の騎士の姿とはまた違っていた。
「テレスティナ様からもルジアーナ様に言ってください!」
「えっと、頑張ってください!」
「ぞんなぁー」
自分では止められないと思ってか主に助けを求めたようだがテレスは止める様子もなく見捨てられてしまった。捨てられた子犬のような絶望を味わっているだろう。
「そろそろ飯にしよう。お主らも腹が減っているだろ?」
紫苑は飯が冷めてしまうと思い会話に割り込んだ。そのために少女のからかいも終わり女騎士、クリスティンからは感謝のこもった眼差しが送られていた。
そうして皆が鍋の周りに集まると紫苑は自信の作った料理を振舞った。
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