記憶無き代行魔王~瀕死を負わせた魔王を手当てしたら代行を頼まれ、気付けば魔王やってた。
俺は遠隔攻撃を得意とする最強の弓術師ルラク・エオン。
最強ではあったが、ソロ防衛の為に回復と支援魔法も習得していた。
そのことで体よく勇者に誘われ、仲間になってしまう。
勇者はアタッカー重視な奴だ。
剣士、アサシンが多めの近接攻撃連中ばかりを優遇。
俺を弓術師として一切使うことなく、ひたすら支援系魔法ばかりを使わされる毎日だった。
精霊術師もいたが、そいつも火力重視の脳筋野郎だ。
前衛ばりに前に出て戦っていたので、必然的に俺だけがヒーラー支援になる。
そんな脳筋一行でも、魔王にたどり着くのは簡単だった。
だが回復魔法を使えるのは俺一人だけというだけで、誰の目にも結果は明らかである。
仲間の勇者たちと俺は、世界を脅かす魔王を追い詰めた。
しかし魔王にトドメを刺す手前で俺の魔力が尽きてしまう。
脳筋勇者たちは深い手傷を負ったまま街に引き返すしかなかった。
「あともう一歩だったんだぞ? それを――!」
「俺一人の回復支援だけで、どうにかなる相手じゃなかったんじゃないですかね」
「生半可な弓術師だったからっていう言い訳をするつもりか?」
「そうだそうだ! 回復と支援魔法が使える奴が魔力量を増やすことを怠った分際で、無駄口を叩こうとするな!」
「……見込みを誤った。僕たちはこのまま街に戻り、傷を癒すことにする。だがルラクを守る体力は残っていない以上、一緒に戻ることはない。ここでお別れだ! たとえ生き延びて街で出会ったとしても、もう一度仲間にすることは無い……この意味くらい、分かるだろ?」
「使うだけ使って追い出すってわけですか」
傷を負ったままの勇者たちは街へ戻ることを決めた。
俺は役立たず者として即座に追い出され、魔王の居城近くで置き去りにされた。
悪いのは俺ではなく、魔法を専門に使える者を加えなかった勇者なわけだが、仕方ない。
さて……魔王の居城が目前に見える場所で、どうするべきか。
勇者たち全員を回復する魔力は確かに無かったが、一人くらいなら回復出来る余力がある。
もっとも、彼らはそれすらも聞く耳を持たなかったわけだが。
手傷を負ったのは勇者たちだけではなく、魔王も同じくらいのダメージを負っている。
トドメを刺されずに苦しませているのもどうかと思った俺は、居城に戻った。
瀕死状態で、口を動かせない魔王に回復魔法を施す。
残っていた体力ごと回復に使ったせいで、俺はその場にへたり込んだ。
街にも戻れないし、治った魔王にやられても構わない……そう思っていたが――
『優れた力と慈愛を持つ人間……お前を余の代行とする。……余の力が再び戻るその時まで、魔王となり、人間を城に近づけるな』
何だって……?
魔王代行になれって言ったのか。
そんな体力は残っていない。
だがそういうことを言って来るということは、俺の回復魔法程度では回復出来なかったわけか。
瀕死の魔王を助けたら、魔王代行になれとか……面白くなってきたな。
すでに気力は残っていなく、「分かった」と心の中で思った。
返事をした直後、俺は意識を落としていた。
◆
どれくらい経ったのか、俺は僅かながら自分の手足に力が入れられることに気付く。
氷のように冷たい石で出来た床に横たわっていたはずだが、すぐ近くで別の体温を感じている。
「――う……」
床同様に体温も下がっていて、体は相当に冷え切っているようだ。
しかしさっきから顔に体温を感じる何かが、何度も触れて来ている。
「――な、何だ!?」
「!? うーう?」
「ん?」
「だいじょーう? 起きえう?」
な、何っ!?
何だこの子は……?
エルフとは違うが耳が尖がっていて、瞳の色も左右で異なっている様に見える。
髪も人間の女の子と同じに見えるが、金にも銀にも見える色をしているな。
いや、問題はそこではなく、何故俺をそんな父親にすがるような目で見て来るんだ?
俺は子供を持った覚えも無ければ、相手もまだいないんだが……いや、まさかこの子は――
「お前、名前は?」
「マオウサマ、マオウ……」
「魔王? ん、そういや……」
「マオウサマ、サムイ?」
どれくらい眠っていたのか。
俺は魔王になってしまったのか、まるで記憶に無い。
この弓は何だ?
俺は……何かを忘れている。
いや、俺は魔王をやってどれくらい長く生きていたのだろうか。
俺に触れて来た小さな女の子の他、悪魔族、オーク族が跪いている。
俺の記憶には数えきれないほどの人間族を、何度も追い払った記憶しか無い。
そうか、俺は魔王だったんだな。
『懲りない人間どもを、今日こそ根こそぎ殲滅せよ!』