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閣下はその綺麗な眉間を開き、一応驚いて見せて頂けた。
「流石だな、そう、貴様の推察通り教授は同盟の諜報機関『合同保安委員会』によって間諜に仕立て上げられた。もう六年も前から『委員会』の為に働いている」
政商とも言われる大富豪の末子にしてまるで流行作家の様に人気を博す美貌の民族学者、顔一つでどこへでも行けるしどこへでも入られる。そして夜遊び好きの女好きとくりゃ、間諜に仕立て上げない手は無いってもんだ。
金に困ることはまずないだろうから女を使ったんだろう。夜の店の女の子か?女子大生か?その辺りを近づけて一晩床を一緒にしてやれば細工は流々。あとは隠し撮りの写真を見せて「アンタと寝た女は同盟の間諜だ。親父さんやら憲兵にバラされたくなきゃ俺たちの言う事を聞け」ってくれば仕上げもバッチリ。
それにしても六年前と成ればあの血で血を洗った全球大戦のど真ん中。当時の憲兵隊やら総軍特務は居眠りでもしてたのか?
「三年前から内定に入り、行動確認を付けて証拠固めをしてきたが『委員会』に内定を嗅ぎ取られたのだろう。おそらくチョル教授は『委員会』の工作担当官に「亡命させてやる」とでも言って呼び出されたのだろう。そして消された・・・・・・」
ここで閣下は盃の中身を一気に干した。俺は部下としての作法でまた葡萄酒を注いで差し上げると。
「だったら、探しに行かなくていいんじゃ無いですか?新聞に人食い人種に食われたとか適当な記事を載っけてオシマイにすりゃ」
「それがそうも行かんでな、教授の失踪以降、モワル湖周辺での『委員会』の活動が活発になったという報告が入っているのだよ。それだけでは無い、同盟加盟国バルハルディアの『索敵隊』も現地入りしたという情報も確認されている。・・・・・・おそらく教授は生きている」
『索敵隊』正式にはバルハルディア人民国海兵隊索敵大隊。
名前だけ聞けば前線で敵を探す部隊の様だが、俺の古巣である特別挺身隊のようなやる様な隠密作戦の他に、奴さんらが言う『人民の敵』つまり反政府勢力を探し出し一人残らず皆殺しにするのも任務の、つまりは人間狩り部隊だ。
全球大戦以降は活発になった原住民達の分離独立運動の弾圧もそのお仕事に加わったと聞いてるが・・・・・・。
早い話、そんな『移動虐殺部隊』まで投入しているとは、ボンボン先生はまだ生きている。
「始末をしそこね逃げられた可能性が高い。龍顎州側では現地の第九河川戦闘群、第三十五機動挺身群、第八十四国境警備隊が捜索しているが未だ見つからないとなると同盟領内に身を潜めていると見てよいだろう」
ここで今まで黙って龍珠果の果汁をチビリチビリ飲みつつ、ユイレンさんお手製の干し果物と扁桃がタップリ入った焼き菓子を貪り食ってたシスルが、俺に向かって焼き菓子の粉を飛ばしつつ口を開いた。「汝よ、その湖の周りとやらはどんな所だ?」
俺は飛んでくる粉を避けつつ答えてやる。
「湖と言っても半分海みたいなデカさの湖でな、その周りは息苦しく成るほど樹が生い茂った密林が果てしなく続いてる」
「じゃぁ、そいつはもう死んでるな。吾や汝の様な者でなければ、そんなところで一月も持つはずがない」
それには閣下が答えた。
「お前の言う事も一理ある。あすこは正に緑の魔境。生存訓練を受けた者でなければ三日と持つまい。しかし同盟は血眼になってチョル教授を探している。彼が生きている確証を得たと考えるべきだろう」
ふと、俺はまた新たに湧いた疑問を口にする。
「つまり、俺は委員会と索敵隊が血眼になって探し回ってる人間をそいつらの庭に忍びこんで探し出さなきゃならんわけですか?で、誰かつけてくれるんですか」
「当然だ」
と、閣下は、俺の横で硝子盃の底に引っ付いている龍珠果の果肉を、必死でこそげ取ろうとしているシスルをチラリと見た。
「・・・・・・。コイツだけですか?」
「そうだ、不満か?一騎当千の強者だと、貴様自身がよく心得ておるだろう」
「いや、人数的にどうかなぁ~っと」
「最終的に敵地に潜入する事に成るのだ。大人数で押しかける訳には行かんだろ?安心しろ現地部隊にはすでに支援要請を出している。二十日までには拓洋を発て、足は航空軍の輸送機と第九河川戦闘群の河川用装甲砲艇を用意してある」
・・・・・・。俺はまたここに帰って、ユイレンさんのあの優しい笑顔を拝めるんだろうか?