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月桃館503号室の男2 ~密林に消えた貴公子~  作者: 山極 由磨
第四章 森の人
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皇紀八三六年雨月五日二十一時00分

ウルグゥ族宿営地 


 ユハンはバオボォウの左側に座り、バツが悪そうにうつむいて地面を見つめるばかり、だが、傍らの娘はユハンにぴったり寄り添い小さな目でこちらを睨みつけている。

 この子がバオボォウの娘で、つまりはユハンの嫁さん?

 つい二、三か月前は社交界で浮き名を流し数多の淑女を手玉に取り、華隆街では毎夜のごとく街中の美女をかき集め絢爛豪華な大放蕩を朝な夕なに繰り広げて来た稀代の遊び人が、よりによって未開人のそれもお世辞にも間違っても綺麗だの可愛いだの言えないおネェちゃんの、婿様だと?

 こんなこと言っちゃ、よのご婦人方から竹槍で田楽刺しにされ炭火でコンガリ焼かれるだろうが、同じ原住民の娘なら、ちょっとまだ収穫には早いがうちのシスル嬢のほうが何千億倍もましってもんですよ。

 ま、オッパイやお尻を見れば、ムチムチっとしてて抱き心地はよろしそうでやんすが・・・・・・。

 てなアホな事を考えてないと、この状況で冷静じゃ居られねぇ。

 何をどう切り出そうか考えあぐねていると、ユハンの方から口を開いた。


「サノガミ君、突然姿を消して本当に申し訳ない。事情は先ほどそちらの特務の方が仰った通りだ。私は六年も前から同盟の諜報機関の間諜だった。だまし続けて来て本当にどう詫びればいいか見当もつかない」


 そして俺の方を向き「特務機関の方ですか?」と聞いてくるので名乗ってやると。


「オタケベ少佐、自分のしでかしたことについては今は深く反省しております。支配階層でぬくぬくと育ってきた自分の生い立ちへの負い目も有ったのでしょう、いっぱしに帝国の社会制度に疑問を持ち、周囲の人間にもそんな事を漏らしていたのが委員会に付け込まれたのでしょうね、ある女性に誘われて帝政に批判的な政治結社の集会に顔を出すようになりそこを委員会の奴等に抑えられ・・・・・・。と、まぁあとは貴方がたが良く知る筋書き通りです」

 前おれが華隆街でみた腑抜け面や本の奥付を飾っていたまさに貴公子然とした凛々しい風貌は欠片も無く、貧相にやつれうつむきながら訥々と話す姿はまるで別人。

 わずか一か月足らずで人間こんなにもなるもんかと驚き感心しつつ。


「そんなところと思ってましたが、問題は今の状況です。一体全体どういう成り行きで族長の娘婿になんてことになったんですか?」


 以降ユハンが訥々と語った話はこんな具合だ。

 苗月二十日、委員会の工作担当官ケース・オフィサーに亡命の話を持ち掛けられていた彼は、相手の誘い通り叢林からソガル島に渡った。

 この辺りまでは、まぁ、何とものんきな話だがユハンは本気で委員会が亡命させてくれると信じていたらしいが、偶然待機していたソガル島の漁師小屋の中で委員会の工作員が彼を始末する手順の打ち合わせをしているのを聞いてしまったらしい。

 奴等はユハンを湖の真ん中まで連れ出し、そこで刺殺してそのまま水の中に投げ込もうとしていた。こうすりゃ地元のワルにぶっ殺され身ぐるみはがされたようにしか見えないって算段だ。

 びっくり仰天のユハンは、しかし厳重に監視されている中逃げ出すわけにもいかない。そこで途中までは大人しく奴等に付いて行き殺される前に湖に飛び込んで逃げ出そうと考えた。幸い、私物の中には護身用の小型自動拳銃が一丁あり、その存在は工作員共も知らない。

 そして当日、計画通り湖の真ん中あたりまで来たところで、奴らが短刀を出して来たと同時に銃を抜き、それを奪い取ろうとした仲間の工作員ともみあいになって湖に転落。

 相手を振り切り死に物狂いで泳ぎに泳ぎ、夜明け頃には湖の西岸にたどり着いた。

 最初の内は原住民に拾ってもらい隠し持っていたいくばくかの金で同盟共同統治海外領を抜け出し、連合に身を寄せようと考えて居た様だが、甘い甘い、想都合よく原住民には出会えず、生存に必要な装備なんて一切持ってない状態での密林での行動は文字通りあの世への片道旅。

 案の定飢えと渇きと疲労で行き倒れ、そのまま気を失っちまったらしい。


「そして目覚めたのは彼らの掛け小屋の中でした。最初、彼らを見た時はこのまま食い殺されるかと思い覚悟を決めましたが、彼女、ドゥジュゥが寝る間を惜しんで私を介抱してくれるんです。食われるどころか飢えて渇いた私に消化の良い食べ物を食べさせてくれ、体中に出来た傷や虫に食われた痕を丁寧に治療してくれたりして、おかげで数日後には私は回復する事が出来ました。歩けるようになった私は彼らに迷惑を掛ける訳には行かなと離れる決心をしたんですが、彼女が放してくれないんです。それに長も私を気遣いずっといていいとおっしゃられるのでその優しさに甘えて居付くことに決めました。そして・・・・・・」


 と、言ったっきりドゥジュゥ嬢を愛おし気に見つめだし、彼女も熱っぽい視線でユハンを見つめ返す。

 ・・・・・・。やってられんですわ、イヤホント。


 なにも言わず見つめあう二人の代わりに長が。


「と、いう訳で可愛い娘が好いたお方を今さら追い出すわけにもいかず、婿として迎える事に決めました次第でしての、すまんですがわしらとしては大事な大事な婿を手放すわけには行かんでしてな、無理を承知で申し上げます。どうか何卒、娘から婿を取り上げんでくれますかのぉ」

 と、あの恐ろしい面から発せられたとは思えないほどの穏やかで情の籠った物言いをしてくる。


「人を好きになるって気持ちは、国の法や国同士の条約なんかよりも、ずっと上にあるこの世の理屈だと自分は思ってます。ですから教授やお嬢さん、長のお気持ちを尊重してこのまま回れ右して身を引いても構いません。しかし、同盟の奴等は違う。今この瞬間も奴さんらは教授を血眼になって探してる。おたくらはそりゃ森の暮しの専門家で、姿を消すなんて得意中の得意でしょうが、いづれは見つかる。そしてみつかりゃただじゃすまない、悪くて皆殺し良くても皆殺しだ。実際、一昨日チェチャモって人たちに会いましたが、その人たちも同盟の奴等がこの辺りの原住民を教授を探して皆殺しにして回ってるって話を聞いて埋めたばかりのイモを泣く泣く捨ててまで逃げて来てましたよ。残念だがおたくらはもう今まで通りの暮らしは出来ませんぜ」

 長の目が光り、俺を見据えた。


「では、どうすればよいとあんたさんはお考えじゃね?」


 俺も長の目をしっかり見つめ答えた。


「帝国への亡命をお勧めします」

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