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皇紀八三六年植月二十六日十六時三十分
アキツ諸侯連邦帝国新領龍顎州叢林市
少将閣下のご命令通り二十日には支度を済ませ、拓洋空港から第二航空艦隊所属の輸送機に軍用郵便の袋と一緒に詰め込まれ、途中乱気流やら下手くそな新米飛行士の操縦やらに散々悩まされ、ほうほうの態で到着した泰明で、名物の海鮮料理でも食えるかと思いきや、今度は有無も言わさず全長わずか三十 米ばかしの河川用装甲砲艇『白鷺十五号』に投げ込まれた。
第九河川戦闘群の主力装備であるそいつは、少々の銃撃に曝されてもビクともしない装甲と古い戦車から引きはがした七十五 粍砲を持つ旋回砲塔やら、二十 粍の対空機関砲を二連装させた砲塔やら、七・七 粍機関銃数丁などと結構な重武装で、それでも最高毎時三十 浬という中々の快速を誇る、古くてチビながらも高性能を誇る艇だった。
乗組員は総勢十四名。四十路半ばの中尉である艇長と五十路目ど真ん中の間もなく退役な軍曹の機関長ほかは、どこかの田舎から引きはがされた角有り尻尾有りの十八、九のガキばかり。
歳の割には御髪の後退した艇長は、俺が乗り組むなり手で札を繰る真似をしつつ「少佐殿は此方の方は嗜まれますか?」と聞いてくるほどの博打好きで、まぁ、俺も嫌いな方じゃ無いから四日ばかしの船旅の間はそこそこ退屈せずに時間を潰すことが出来た。
ゴマ塩頭の漁師の親父みたいな機関長は、軽油機関のお陰で耳が幾分遠くは成っている物ものの、釣りと料理は中々の腕前で、崔翠河から吊り上げたなんだかわからないデカイ川魚を、現地人が市場で売ってる何とも言えない臭いと見た目の小魚や小エビの塩辛や、一口すればしばらく舌や唇の痺れが取れない様な香辛料を味付けに使い、小さな厨房で器用に料理して見せ振る舞ってくれた。
最初はシスルも俺も互いに顔を見合わせてどうしたもんかと思案したが、艇長やガキ共が先を争って箸や匙を使う様を見て一つ試してやるかと箸をつけたところ、これがなかなかの逸品。
結局はきっちり御馳走になり翌朝にはあの辛いもんをしこたま食った後に起る『現象』に二人して悩まされつつも、やはり夜には箸やら匙やらを振るうという具合だった。
残る十二人はやっぱり育ちが育ちなもんですれっからしたところがなくオボコい奴ばかりで、年下だが遥かに修羅場をくぐって来たシスルの方が随分大人に見えて何ともおかしかった。
とは言え、やはりみんなそこそこ男の子な訳で、そんな場所に結構な見た目の女の子が乗り込んだから大変だ。おまけにあの格好、二の腕や腿が露な黒い貫頭衣と来れば、艇の整備や訓練の合間にでもシスルが通るたびに気がそぞろ、何時声を掛けようか?どうやって気を引こうかとそんな事ばかり気に掛けるようになった。
おかげで作業そのものがおろそかになり艇長や機関長の雷が落ちる事もしょっちゅう。
そんなこんなで目的地である叢林に着くころには一同気心が知れ、艇長は好敵手が居なくなったことを寂しがり、機関長は自分の料理を上手そうに食う奴等が去っていくことを寂しがり、残り十二人は結局だれもシスルに話しかける事ができなかったことを悔しがった。
しかし、これから先の有る俺たちはそんな感慨をもてあそんでいる暇はねぇ、早速に仕事に取り掛かるとしよう。
まずはチョル教授とギリギリまで同行していた助教授に会うため、叢林市内にある拓洋大学の分校である『叢林学舎』に向かう。
第九河川戦闘群の分屯所から辻待自動車に乗って川べりを行く。
この街は帝国の龍顎州南部開拓の最前線基地であり、泰明から船で運ばれた人や物を奥地へ届ける中継地で、その逆、つまり奥地で産する様々な資源の発送場所にもなっている。
で、あるから川べりには外洋にも出れそうな巨大な奴から貨物車の発動機を丸木舟に括り付けた木っ端みたいな奴に至るまで大小豪貧様々な船がひしめき合い、人間も尻尾有り角有り毛むくじゃらから何もなしに至るまで色んな人種が砂糖に群がる蟻よろしくせわしなく動き回っている。
また、湖の対岸は我が帝国の不倶戴天の敵、同盟の合同統治海外領で、したがって街は自動的に戦略拠点となるわけで川の堤防には等間隔に特火点が置かれ塹壕が張り巡らされ、河岸道路には民間の貨物車に紛れて帝国陸軍が誇る最新鋭戦車『三十式中型戦車・改』が履帯の音もけたたましく、辻待自動車の横を何台も通り抜けてゆく。
暫くすると、川面に半島の様に突き出た緑地の中に建つ白い板壁の瀟洒な校舎が見えて来た。あれが拓洋大学叢林学舎だ。
有用な資源がタップリねむる龍顎州南部の研究の為、帝国政府と『南方開発株式会社』が資金を提供し拓洋大学に立てさせた研究拠点で、また一方では帝国の高度な教育を未開地域に行きわたらせる『精神的開拓』(早ぇ話が洗脳)の拠点でもある。
と、言う事で学舎内には地元の有力者の子弟が、学ぶという名目で青春を謳歌しに来ており、世の中のおよそ半分は女子だからして年頃の娘たちもこの地方特有の風通しの良い涼し気な生地で出来た鮮やかな柄の䙱《ワンピース》の裾をはためかせ、学友たちと談笑しながら闊歩しておいでだ。
いや、これは中々に目の保養でありまずぜ。
なぜか仏頂面のシスルに上着の袖を引っ張られ、ようやく目的を思い出すと学舎の中へ、守衛に教えられ例の助教授が教鞭をとる教室に向かう。
すり鉢型の教室には、男女合わせて五、六人の生徒が一応は帳面を開いて講師の話を聞いているふりをしてはいるが耳を傾けている様子は無く、中には別の課題の勉強をしている者もいれば通俗小説を読みふけっているものまで居る始末。まぁ、なんとも不真面目な奴等だと思いきや、教室しばらくいるとその理由が解った。
ともかく講義がつまらねぇ。
演題の講師は三十代半ばほどの痩せた男。長髪で銀縁メガネの大人しそうな顔を、終始うつむかせ生徒の顔を見ようとせず、黒板に勝手に文字を書き、勝手に資料を読み上げ、およそ生徒の反応を伺おうとしない。これじゃ通俗小説でも読んで時間を潰さないと持たないはずだ。
俺の右隣にはシスルが座っているのだが、案の定うつらうつらと船をこぎ始めた。俺も早く終わってくれと左腕の潜水夫用腕時計ばかりをチラチラ見る。
「チョル教授の講義がお目当てでしたら、実に残念な事でございますわね」
その声に振り向くと小麦路の肌を持つ、豊かな赤銅色の髪に山羊角を生やしたスカした感じのお姉さん。およ女子大生って雰囲気じゃない『隆華街』あたりのお店に出れば毎月売り上げ一位ってのは間違いないって感じなのだが、おそらく地元の有力者の身内だろう。着てるもんが高そうだ。
「チョル教授の講義はそれはもう情熱的で表現力豊かまるでお芝居を見ているみたでしてよ。でも助手のザノガミ先生の講義はまるでお経を聞いているみたい。早く調査旅行から戻って頂きたいものですわ。ところで、隣の彼女は・・・・・・お嬢さん?」
「ええ、こっちに来て今の妻と出会いましてね、彼女ともうけた娘ですよ。自慢じゃ無いですがなかなか利発で、ゆくゆくはここで学ばせようかと、ま、見学がてらに参った次第で」
などと適当な事を言ってごまかしていると退屈極まる講義がやっと終わった。
教室を出てサノガミ先生が出てくるのを待つ。
さっきの山羊角のお姉さんが俺の姿を見るとニッコリ笑って会釈してきた。
俺もまだいけるねぇ、あ、連絡先聞いときゃ良かった。
目当ての人物が出て来たので、そっと近づき声を掛けた。
「ザノガミ・ヨシオキ先生、ですよね?」
見知らぬ男に声を掛けられ警戒心をあらわにおずおずと。
「そ、そうですが」
「ウチのもんからすでに連絡が行ってると思います。オタケベ・ノ・ライドウと申します」
慌ててずれ落ちた銀縁メガネを治しつつ。
「貴方が、と、特務の方?」
頷いてやると突然辺りを見回し。
「ここでは何ですから、私の研究室で話しましょう」




