ユーリ・ドロワ【1】
僕はユーリ・ドロワ。
この国を統べるアレクサンドリア王家の次に権力を与えられた御三家公爵家の一つ、
「知力」を司るドロワ公爵家の次男だ。
僕の家は代々、王家に仕える宰相を務めてきた由緒正しい公爵家なのだそうだ。
ちなみに今のアレクサンドリア王国の宰相を務めているのは僕の父親であるドロワ家の現当主、アルト・ドロワだ。
宰相というお仕事がどんなお仕事なのかは正直今の僕にはとても分からない。
でも、頭を使うとっても難しくて大変な仕事だということはお父上から聞いている。
僕の公爵家が司る「知力」は宰相を務めるにあたってとても重要で、持ち合わせていないとお仕事はできないそうだ。
「やぁ、ユーリ。今日も鍛錬かい?マメだね!」
僕は今、屋敷の中庭にの外れにある、小さな訓練場にいた。
ここで体を動かして、剣の練習や、護身術を磨くのが僕の趣味であり、日課だ。
そこへやってきたのが、ドロワ公爵家の長男、次期ドロワ家当主で次期宰相候補。
僕の兄上キース・ドロワだ。
「兄上!おはようございます!」
「おはよう。もう朝食は済んだのかい?
練習熱心なのはいいけれど、怪我をしないようにね。
そして、体を動かすのもいいけれど、しっかりと勉強をするんだぞ。」
キース兄様の他に、僕には2人の姉上もいる。
男2人と女2人の4人兄弟だ。
とはいえ、兄上とは年が11歳も離れているし、
下の姉上とも年は5歳離れている。
年が離れていることもあって喧嘩することはなく、いつも僕に優しくしてくれる。
「はい。兄上、ご忠告ありがとうございます。」
「次男とはいえ、しっかりと知力を磨いてこそドロワ公爵家だからな!
では僕は学院に行ってくるよ。」
いってらっしゃいませと兄上に告げ、僕に背を向けた背中が見えなくなるのを確認してから、僕は木製の剣をとり、素振りを始めた。
この家は「知力」を司る家であるがゆえに、その力を開花させるために並々ならぬ膨大な知識をこの頭に叩き込まなければならない。
知力とはなんであるか、それは”閃き”、”知恵”、”予知”である。と、毎日お父上が朝食の際に申されます。
物心つく前からその言葉は耳にこべりついているし、物心つく前からこの家に伝わる能力を開花させようと僕は英才教育を受けている。
そして僕もそれを受け入れて、お父上の思う人になれるようにと努力を怠らない。
しかし。
僕は知っていた。僕の体は僕は知っていた。
まだ4歳になったばかりだというこの体はすでに、それらが違うと言っているのだ。
少し前、お父上に連れられ、この国を取り纏める騎士団の訓練場に行ったことがある。
そこで見たものは、汗臭く、男臭い。
熱気に満ち溢れた空間で、男女が入り乱れて剣を打ち合っている姿だった。
僕はその光景に目を奪われた。
僕が規格外に興味を示したこともあり、お父上とも仲の良い方だというこの騎士団を纏める騎士団長様にお会いできることになった。
そこで出会ったのは、銀の長い髪を頭の高い位置でキュッと結び、白と金の騎士服をピシッと着こなした、背の高い、すらりとした女性の人だった。
その人は僕の身長に合わせ、体をかがめると、僕に優しく声をかけてくれた。
「初めまして。ユーリくん。私はクレセントリア。
アンナ・クレセントリアと言います。この国の騎士団の騎士団長をしています。
どうぞゆっくり、騎士団を見学して行ってくださいね。」
クレセントリア様と名乗ったその女性は、まるで月のように美しい女性だった。
そして、お父上以上に僕と話の合うお方だった。
僕は昔、兄上にいただいた本の物語が大好きで、憧れていた。
それは王子様の騎士をする一人の青年の物語。
本で読んでから、武術や剣術、そういった類のものに興味が湧き、その類の本などをお父上にねだっては読み漁っていた。
まさに騎士団でやっているような武術や剣術にとても興味があることをクレセントリア様にお話をすると、クレセントリア様と騎士団の方との模擬戦を見学させてもらったり、実際に木製の剣を持って少しだけ剣術の指導をしてもらうことができた。
僕にとってはこの上ない最高に楽しい時間だった。
お父上はそんな僕を見て時々切なそうな顔をしていたけれど、よかったな、としきりに声をかけてくれた。
そうあの時から。
あの時からなんとなく、僕には「知力」の力ではなく「武力」の力が宿っているのではないか。
確信はないけれど、そんな気がし始めている。
今素振りに使っている木製の剣は、この時にクレセントリア様からいただいたものだ。
これをもらってからというもの、僕は勉強の合間を縫って剣術の修行を始めたのだ。
何も一人でやっているわけではない。
僕の執事、トーマスは実に有能で、剣や武術の心得があるというので、教えてもらっている。
今も、自分の片付けを終えて、僕のいる訓練場にやってきたところだ。
「ユーリ坊っちゃま。お待たせして申し訳ございません。
それでは、本日もみっちりと鍛錬を行なっていきますよ!」
「よろしくお願いします!」
トーマスに指導されるがままに、僕は武術や剣術を吸収していく。
楽しくて仕方がない!
しかしながらトーマスの鍛錬は厳しい。
だから数十分もすると僕は汗だくになってしまうのだが、トーマスは汗どころか短く切りそろえられたグリーンの髪や執事服をも乱すことなく僕と同じ鍛錬をこなしている。
いつ見ても本当にすごいと思う。
「そういえば、坊っちゃま。
その後あのご令嬢に何かコンタクトをとられなくてよろしいのでしょうか?」
ギクリ。
トーマスがなんのことを言っているのか。
主語がなくても理解ができてしまい、姿勢も崩れてしまう。
「おっと坊っちゃま、姿勢が崩れていますよ。」
わかりきった様子でトーマスはにやけながら僕に指摘をする。
トーマスの言っている”あのご令嬢”とは、きっとあのご令嬢のことである。
先日行ったあの騎士団の訓練場で、クレセントリア様の後ろに隠れていた同い年ほどのご令嬢のことだろう。
最初はなぜこんなところにご令嬢が、と思ったが、その容姿をはっきりと見てなんとなく理解ができた。
そのご令嬢はシルバーの髪をまっすぐに伸ばした、アメジストのような紫の瞳をしていた。
クレセントリア様に瓜二つな女の子だったからだ。
その子は人見知りなのか、僕と目を合わせることはなく、クレセントリア様と話し込んでいる間にどこかへ行ってしまった。
しばらく見学していたところ、もう一度、シルバーの髪をした小さな女の子が視界に入り込んできた。
その姿は、大人と肩を並べ、鍛錬に励む女の子の姿だった。
女の子なのに、芯のある姿勢が逆に美しく、目を奪われてしまったのだ。
僕は騎士団の方々に興奮冷めやらぬ中、そのご令嬢のことがなんだか気になり、後ろに控えてあの場に一緒に居合わせていたトーマスにあの子は何者なのかと聞いてみたのだ。
数日経ってトーマスより、思った通りあの子がクレセントリア様のご令嬢であることがわかった。
名前はルーナ。ルーナ・クレセントリア。
僕があの日の経験とともにルーナ・クレセントリアにも思いを馳せていることをトーマスは知り、今のようにしきりにからかってくるのである。
「言葉も交わしていないのに、コンタクトなどとれるものか!!」
僕が反抗的にいうと、トーマスはくくっと笑います。
からかわないでくれ!
でも、あの時みたルーナ・クレセントリアに僕は実際心を奪われ、今もこうして悶絶しているのは事実であるがため、否定はできない。
「まぁそのうち、夜会ですとか、近々ご入学される学院で、お会いするのではないでしょうか。」
トーマスは悶絶する僕に向かって淡々とそういう。
「なぜそう思うんだ?」
その理由は明白だった。僕はその時知らないでいたが、クレセントリアという名前は、僕のドロワ公爵家と名を連ねる権力をもち合わせた「武力」を司る一家であるということ。
その一家のご令嬢であるということは、同じような夜会や僕が付いて回る母上のお茶会、また、6歳になったら入学する学院も同じになるという可能性が非常に高いからだ。
「次にあのご令嬢にお会いできた際には、強い男の部分を見せれるようになるためにも、今からしっかり鍛えていきましょうね。」
そう。トーマスの言葉の通り、僕が鍛錬に励む理由のもう一つとしてはこれだ。
同い年くらいの小さな女の子ですら大人に混ざって強くなろうとしているというのに、僕は居ても立ってもいられなかったのである。
「いつかあの子と勝負できるかな。」
僕はぽつりと呟いてしまった。
聞き逃すはずのないトーマスは僕に向かって優しく微笑んだ。
そんな時だった。
「ユーリ様!!」
メイドが僕の名前をはしたなく大声で遠くから呼び走ってくる。
「何事だ?」
トーマスが眉間に皺を作り、怪訝そうな顔をしている。
ほどなくしてメイドが僕たちの元へたどり着き、乱れた息を整える。
「何かあったのですか?」
僕はメイドに問うと、メイドは勢いよく顔を上げ、切羽詰まった表情で僕に言った。
「至急・・・旦那様がお呼びです!!」
旦那様。それをこの家で指す人物は一人しかいない。
アルト・ドロワ。僕のお父上だ。
「お父上が?」
「はい。なんでもユーリ様宛に、王城から書状が届いたとかなんとか・・・」
王城から。つまり、王族から届いたということだろうか。
なぜ僕に?記憶のある限りでは、知り合いの王族などいないし、
そもそもお父上はお城で宰相としての仕事をしているのだから、お父上への書状ではないのか。
色々と頭に浮かんではくるが、考えていてもしょうがない。
僕はトーマスと共にお父上の元へと向かった。
−−−
お父上の元で伺った話はこうだ。
王太子殿下に謁見することが決まった。
そこには御三家と呼ばれる公爵家の令嬢たちも居合せる場だということ。
内容については、お父上はご存知の様子だ。
だが、お話できることではない為、伏せられているが大事な話だということを伝えられた。
僕はお父上に了承の返事を送っていただき、トーマスとともに自室に戻った。
王太子に謁見?突然すぎる。なぜだ。
でもそれ以上に僕の胸は高鳴りを隠せなかった。
ルーナ・クレセントリアに会える。
そう思っただけで胸が弾み、頬が緩む。
きっと僕は今、公爵家の令息としてあるまじき顔をしているに違いない。
母上に見られたら怒られてしまいそうだ・・・。
この感情は一体なんなんだ。
「トーマス。なんだか心臓が急に早くなってうるさいのだが。」
「問題ないでしょう。」
トーマスに聞いても問題ないと返ってくる。
「これは一体、なんなんだ・・・」
再びトーマスに問う。
「さあ、なんなんでしょうねぇ。」
トーマスはいやににやけた顔で僕をみてくくっと笑う。
嗚呼、早く謁見の日になればいいのに。
閑話のような形で、他の登場人物サイドのお話も混ぜて更新していきます!