アリア・セブンスフィール【1】
アリア視点です。
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セブンスフィール公爵邸。
私の家は他の公爵邸とは比べ物にならない面積だそうです。
なぜなら、王宮魔導士たちの魔力の訓練場なども敷地内に組み込まれているからです。
そんな中に一際大きく立っているのが私たちの生活スペースであるセブンスフィール公爵本邸です。
先日より王都で頻発している事件に魔導士が関与している可能性が高いということ、そしてルイ様の謎の病状は魔法による可能性が高いということで、王城で魔力の研究をしていらっしゃるお父様は現在、王城に泊まり込みでお仕事をしていらっしゃいます。
そんなお父様が、5日ぶりに帰っていらっしゃったという報告を侍女のシシーより聞き、お帰りなさいのお出迎えをするために準備を始めたところだ。
部屋着のような状態だったので、きちんとお父様の前に出られるようなドレスに着替えさせてもらっています。
「みなさん、もう少し早く着替えさせてくださいませ!!」
先日ルーナとユーリ様と話したこともあって、久々に帰ってくるお父様に聞きたいことが山ほどあります。
だから早くお父様に会いたいという気持ちがはやり、思わずメイドたちをせかしてしまいます。
「お嬢様!そんなに急がなくても、お父様が本邸にご到着されるまでは距離がありますので大丈夫でございますよ!」
焦る侍女たちを横目に、シシーは私に言います。
そうです、先ほども話した通り、我がセブンスフィール公爵邸は広すぎて、門からここ本邸までは馬車でも15分はかかります。
「しょうがないですわ!早くお父様にお会いしたくてたまらないんですもの!」
早く早く!とドレスを着せられながらいうと、シシーは左手を自分の左頬に当てて、しょうがないですわねぇとつぶやきます。
そして髪のセッティングなども、早く済むよう変更して的確に指示を出してくれます。
「ここでのお着替えの時間を短くしたところで、玄関で待ちぼうけるお時間が長引くだけでございますよ?」
久しぶりのお父様とのご対面なのですから、可愛くセッティングして差し上げたかったのにぃと口を尖らせてつぶやいていました。
聞こえないふりです。聞こえないふり。
シシーやメイドたちの甲斐あっていつも以上に準備を早く済ませた私は、お行儀が悪いのはわかっていますが、ドレスのまま小走りで部屋を出ました。
本邸の中も無駄に広いですが、本当に不便ですわね。
途中で、お母様と可愛い弟が楽しそうに会話をしながら階段を降りている横を私は一段飛ばしで階段を降り過ぎ去ります。
お母様ははしたないですわよ!!と注意を飛ばし、隣にいた弟は僕もやるー!などと言ってお母様を困らせていました。
こんなに俊敏に動いて活発になってしまったのはきっとルーナのせいですわ!と心の中で悪態つきます。
お待ちくださいお嬢様〜と結構後ろからシシーがよろよろ走りながらついてきます。
この家には魔力に精通する人がたくさんいますが、こぞってみんな体力がないのです。
魔力とは気力が全てですし、戦闘を行う際も基本的に後方にて魔力攻撃や支援を行うのがほとんどでございますので、体力は必要ないのです。
大理石で敷き詰められた広いエントランスホールを抜けて、玄関先に執事長よりも早く到着します。
しばらくたってようやくシシーも私の2歩後ろに到着しました。肩で息をしています。
私の侍女ともあろうものがみっともないですわ!
「さてシシー、お父様が帰ってきたらまずはお帰りなさいを言って、お帰りなさいのキスをして、それからルイ様のことについて問い詰めるわよ!!」
私はシシーにお父様が帰ってきてからの行動を一つ一つ言い聞かせます。
「はぁ、ルイ殿下のことでございますか・・・?」
「そうよ!週末にルイ様のお見舞いで登城するでしょう?その時に、ルイ様の呪いを解くんだから!」
私は両拳をを胸の前でぎゅっと握り意気込みをシシーに伝えます。
シシーは自身のつけているメガネを人差し指でくいっと持ち上げ、呪いですか、と聞いてきました。
「まぁシシー!このセブンスフィール公爵家の侍女でありながら呪いの魔法について知らないんですの!?」
私は驚いたようにシシーにいうと、シシーには私の声が大きかったのかシシーは両耳を手で塞ぎました。
申し訳ございませんと謝ろうとした時に、いい加減になさい!とシシーの少し後ろから透き通った声がして、私もシシーも飛び上がるように硬直しました。
「アリア、呪いの魔法だなんて、なんの話をしているの?」
「お、お母様・・・」
シシーの後ろからやってきたのはお母様。セブンスフィール公爵夫人こと、ラルア・セブンスフィールです。
切れ目で美しいお母様は魔導士としての力も非常に強く、私の憧れの存在ですわ。
「い、いえ、最近のお勉強で呪いの魔法について出てきたもので、興味が湧きまして・・・」
私が恐る恐る言い訳に言うと、切れ目でな目を釣り上げてお母様は怒りをあらわにします。
「アリア!何を言っているの!呪いの魔法は禁術です。興味本位で話題にあげていい話ではありません。口を慎みなさい。」
まさに一蹴。
ぴしゃりと言われ私となぜか隣にいたシシーも小さくなります。
「それに、先ほどのあのお行儀の悪い行動はなんですか!
ドレスをきていると言うのに走るなど言語道断です。レディとして失格でございます。
セブンスフィール公爵家の女は優しく美しく艶やかに。そういつも教えているでしょう?
もっと落ち着きと余裕を持って行動してくださいまし!」
始まりました、お母様のマナー講座。
お母様は有名な侯爵家から嫁いで来られた方で、私たちのように魔力だなんだと忙しくしている公爵なんかより、パーティーにたくさん顔を出し、社交界では社交界の華とまで言われていた経歴の持ち主だそうです。(シシーがそう言っておりました!)
なので、マナーや仕草には人一倍口うるさく、私にも厳しく指導をしてくださるのです。
あ、でも普段はとっても優しいのですよ!
「申し訳ございません。以後気をつけますわ。」
しゅんと肩をすくめて反省の意を伝えると、分かればいいのですのよ、とお母様は優しく頭を撫でてくださいました。
ガチャン。
ちょうどそんな時でした。大きく重たい玄関の扉が開かれます。
そしてそこには、待ちに待ったお父様の姿がありました!
「あなた、おかえりなさい!」
「お父様、おかえりなさいませ!」
「パパ!おかえりなやぃ!!」
家を出た時よりやつれていて、目に疲れが見えています。
本当に大変な5日間だったのでしょう。
「お父様!あの!お話が・・・!!」
「アリア、いい子にしていたかい?すまないがお父さんは疲れてしまっているんだ。
話ならば明日の朝食の時にしてくれないか。」
お父様は疲労困憊のようで、お母様と執事達に支えられてヨロヨロと家の中へ入っていきます。
お話を聞く余裕すらないようでございます。
「分かりましたわ。ごゆっくりお休みくださいませ。」
私は部屋へ戻られるお父様に簡単にご挨拶を済ませて、部屋に戻ることにしました。
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部屋に戻ってからの私は、少し反省していました。
こうなることは、考えればわかったはずでしたのに、私は考えが回らずにお父様の手を煩わせてしまうことばかり。
「お嬢様、あまりお気になさらないでください。
旦那様はあまりにお疲れのようでございましたので・・・」
シシーが励ましの言葉をくれます。
「分かっているわ。シシー、晩御飯はどうなるのかしら?」
お父様をお迎えしたのはまだ晩御飯の前でした。
部屋に少し戻って、ふと本日の晩御飯はどうなるのか気になったのです。
「あぁそうでした。本日の晩御飯は、それぞれお部屋で済ませるようにと奥様より・・・」
そう、と短く返事をして私は時が過ぎるのをぼーっと待ちながら思いました。
明日の朝食の際にはお父様とお話ができるのよ。
ぼーっとしている場合ですか!
せっかくのチャンスをふいにすることなどできませんわ。
それにこれはルイ様のためでもあるけれど、私の勉強にもなるのだから、しっかりしないと。
それからの時間の流れはなぜか遅く感じました。
晩御飯が運ばれてきて、美味しくいただいた後から就寝の時間まで。
とてつもなく長い時間です。
時間を無駄にしてはいけないと思い、私は魔法の本を開いて勉強をします。
どんな種類の魔法があるのか、それは計り知れないそうです。
こうやって本に記載されている魔法は基本で、魔法を使うものの力量やセンスによって使える種類は無限大。
それを使いこなすには、源となる魔力の原理をしっかりと理解していることが前提となると先生に教わっています。
こういったものは体に染み付くまで読み、体が覚えることが需要だと言います。
ルイ様のお近くで御身をお守りする身なのですから、こういった学習は怠れません。
本に集中していて、一呼吸ついた時、机の上に暖かいミルクが置かれました。
「お嬢様、お疲れ様です。結構お時間が経っておりますよ。
そろそろお休みになった方がよろしいのではないでしょうか・・・?」
シシーが気を使って用意してくれたそうです。
言われた通り、時計を見てみると、なんと夜中の1時!!
なんということでしょう!お母様に見つかると、お肌の大敵だなんだと怒られてしまうお時間です!
それに、明日の朝食の時間に起きれなくなってしまいます!!
「まぁシシー!大変よ!すぐに寝るわ!」
慌てて淹れてくれたミルクを飲み干し、私はベッドに入ります。
「お声かけしてよかったです。明日は旦那様とのお話もありますので、少々早めに起こさせていただきますね。」
「よろしくお願いするわ!おやすみなさいませ!」
明日こそは、必ずお父様とお話をして、ルイ様の状態について詳しく伺うのですわ!
そう強く思って私は眠りにつきました。
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「おーーさまーーー!」
ん?声が聞こえるわ・・・
「おじょうーーーー!!」
呼ばれているのは私・・・?
「お嬢様!!」
はっきりとお嬢様と呼ばれている声に目を開けます。
「!!シシー!?」
そして意識が覚醒して飛び起きました。
すると焦ったような顔でシシーが私を揺すり起こしていました。
「お嬢様!朝でございますよ!」
「おはようシシー。準備を始めなくてはね・・・
お父様はすでにリビングに?」
眠たい目を擦り、私はベッドから出ます。
「あの、お嬢様・・・大変申し上げづらいのですが・・・」
するとシシーはもごもごし、言いづらそうに私に目を向けています。
何かしら、と面倒臭そうにいうと、シシーは申し訳ございませんと前置きして話を始めました。
「実は、旦那様なのですが・・・
昨日の夜中にすでに屋敷を発たれたとのことでございます。」
その言葉に、私は準備を始めた手を止めた。
なんですって・・・?
「昨日の夜に、ルイ殿下の身に変化があったとかどうとかで真夜中に再び出勤されたとのことです。」
しかも、ルイ様の身に何か起きたですって・・・?
どういうことなの・・・
「お母様なら何か詳しく知っていらっしゃるかもしれないわ!!」
私は寝癖もまだ直せてない状態にもかかわたず、部屋を飛び出し、お父様とお母様の寝室へと走りました。
何としても聞き出さなくては。
後ろでシシーがお待ちくださいお嬢様と大声をあげています。そんな言葉では私は止められませんわよ!
失礼を承知で、失礼しますといい、お父様とお母様の寝室のドアを開けました。
すると、びっくりしたように目を丸めたヘアセット中のお母様侍女が私を見ました。
「おはようございますお母様!!!マナーのなっていない私をお許しください!!
お父様が家を夜中に発たれたと聞いて・・・!!!」
私の言葉にお母様は盛大にため息をついて、部屋に招き入れてくれました。
それから私は、お父様にルイ様のことをお聞きしたかったこと、
呪いの魔法の解除方法について聞きたかったこと、ルイ様をどうしても助けたいことを細かくお話をしました。
途中お母様は、頭が痛そうな仕草をしていらっしゃいましたが、邪険にすることはなく最後までちゃんと聞いてくださいました。
「あなたの気持ちは分かったわ。
そして、ルイ殿下に近しい者としての覚悟も伝わってきました。さすが私の娘ですわね。」
お母様は私の話を聞き終えた後に、困ったように、呆れたように微笑んで私の頭を撫でてくれました。
ですが、その後も言葉は続きます。
「でもね、アリア。今回の件は、貴女達だけの力でどうにかなるお話じゃないのよ。
貴女達の努力が、力がどれほどすごいかお母様達もみんなわかってる。
でも、貴女達以上に時間をかけて努力を積んできた人たちでさえも今回の件は簡単に片付けることができないくらい難しくて大変なことなの。」
諭すように、私の頬を撫でながら優しい口調でお母様は話を続けます。
私は少し涙目になっているような気がします。
改めて自分の無力さを知ったからでしょうか。
「泣くことないわ。当然のことだもの。だから今はね、お父様達に全てを任せましょう。
私たちがお父様を応援することが、ルイ殿下の病気を癒す一番の近道になるって、お母様は考えているのよ。
だから、アリアも一緒に、お父様達を応援しましょう。そうだ、お父様頑張ってって、ルイ殿下を助けてねってお手紙でも書いて差し上げたら、きっと喜ばれるわ。」
お母様は未熟な私に素敵なアドバイスまでしてくださいました。
大人ってすごいなぁ、お母様みたいになりたいなぁと再び強く思いました。
「あ!でも、ルイ殿下に会いに行くのはとってもいいことだと思うわ。
もしかしたら、貴女達に会うことで、呪いが解けるきっかけが見つかるかもしれないでしょう?
それに、ルイ殿下もきっと元気が出ると思うの。
貴女達が導き出した答えは間違いなんかじゃないわ!絶対にルイ殿下の役に立つわ!
だから心配しないで。アリア。貴女にできることを精一杯やって頂戴ね。」
お友達のことをそんな風に大切に思える貴女が大好きよ、よお母様は優しく抱きしめてくださり、我慢していた涙が目から溢れました。
間違いじゃなかった。よかった。そして、ちゃんとルイ様の力になれている。それが何よりホッとしました。
お母様に諭された後、私は部屋に戻って今日1日、しっかりと休むことにしました。
「本当に、お嬢様は素敵でいらっしゃいますね。
私はお嬢様の侍女になれて本当に幸せでございます。」
お部屋のソファに座って紅茶を飲んでいると、シシーがそう言って笑ってくれます。
私にできることに、自信を持って。
「そんなことないわ・・・私、もっともーっと強くならなきゃって思ったのよ。
大切な人たちを守れるように。私、頑張るわ!」
ルイ殿下に会いに行くのが楽しみになってきましたわね。