理屈
堂本はようやく意識が定まってきた。
「どんな生物でも自身よりもさらに優れた種を残すために、ただそれだけのために生きているそうなんだ・・・・。そのためとくに雌はより優れた雄を捜し求める。だから簡単なことさ・・・・、オレが人間として優れた雄になればいい!この事実に気づいたオレは狂喜したよ、なぜだかわかるかい?堂本君。」
「お、おかしいわ・・・・、この人!」
恐怖心が頂点を越えた沙耶香は、思わず口にした。
「おかしい?・・・ワハハハハ!」
大声で嘲笑を投げかけ佐山は答えた。
「お前の方がよっぽどおかしいだろう、雌ブタ野郎!」
叫ぶといきなり3発沙耶香の足元に連射した。
「ウウッ・・・・」
嗚咽を漏らす彼女の内腿には、黄金水が伝っていた。
「顔、見た目なんて関係なかったんだよ・・・・。強いか弱いかただそれだけのことだったんだよ。非常に簡単な理屈さ!」
言い終えた佐山はポケットから白い包み紙を取り出すとそれを広げ、何やら鼻孔から吸引している。
風邪で鼻水をすするように、鼻をグシュグシュさせている。
ヘロインか何かだろう。
堂本はどうやらすぐに自分たちを殺害する意思はない、ということに確信を持った。
覚悟は決まった。
「佐山、お前は肝心なことに気づいていない上に、大きな勘違いをしている・・・・。」
「なに!」
灼熱の無人島上空の雲行きが次第にあやしくなってきた。
まもなくスコールがやってきそうな気配があった。
「お前はあのときのシャワー室でのことを言いたいのだろう・・・、勘違いだ。オレもはめられた口だ! 沙耶香に確認してみるがいい・・・・。」
完全に腰抜け状態になっている女にジロリと視線を移した。
「し・・・知らないわ・・・・、私は何もしらないのよ!」
檻の中に閉じ込められた雌山猫は訴えた。
ベルトから金具で吊るされていた手錠を外すと、佐山は沙耶香の足元に放り投げた。
「これで堂本をそこにくくり付けろ!」
堂本は船の手すりを通して後ろ手に手錠を掛けられ、身動きの取れない状態にされた。
「これでよし・・・・、これから事情徴収を始める。判事はオレだ!」
何とも気色の悪い笑みを浮かべながら、の事情徴収が始まった・・・・。
「堂本君、はめられたというのはどういうことかね? 説明してもらおう。つまらん言い訳は一切通用しないと考えてくれたまえ!」
佐山はヘロインが効いてきたのか、目の焦点が定まっていない・・・・。
「オレはあの日、たしか沙耶香に時刻を指定されてシャワールームに行った・・・・。佐山・・・・、君に関しての重要な話があるというので、オレはとりあえず出向いた。君の容態も心配だったからな・・・・。」
「・・・・・・・・。」
「シャワールームで上半身裸の沙耶香にオレは抱きつかれた・・・・。そのとき突然君が入ってきたのだ!わかるか!」
「・・・・・・・・。」
「オレは沙耶香などにはまったく興味などはなかった!それは今日でも変わらない。」
吐き捨てるように言った。
「くだらんありきたりの言い訳はするなと言ったはずだ!」
軍足で船のデッキを思い切り蹴飛ばし、ベルトに吊るしてあるコンバットナイフを取り出すと、沙耶香にじりじりと歩み寄った。
「・・・・本当か?沙耶香。」
「・・・・・・・・。」
ただブルブルと震えるのみでとても返答のできる状態ではない。
コンバットナイフの冷ややかなほど鋭い光を放つ刃先が、沙耶香のTシャツの中央をなぞる様に上から30cmばかり下に向けて動いた。
熱帯の風が吹き付けたかと思うと、Tシャツの胸部がパックリと縦に裂けた。
「ひいいっ!」
咽喉を絞りこまれたような声を発した。
「オレはもう細かいことなどはどうでもいいのだよ、堂本君。」
佐山は船に搭載してあるクーラーから、よく冷えたバドワイザーを取り出してゴクゴクと咽喉を鳴らしながら飲み干した。
佐山猛の負けず嫌いも相当なものであった。
考えてみれば無理もないことで、彼は努力して自らの力で学業やスポーツに才能を開花させ、自分の持つコンプレックスを克服してきたからだ。
そんな彼を再び自身がなく、ひ弱な頃の自分に引き戻した張本人が堂本であった。
しかも自分とまったく違う境遇、才能、容姿を生まれながらにして備えた彼は、佐山にしてみれば今までの自分の努力を全否定する存在でしかなかった。
「堂本が憎い・・・・・」