大男
舵取りは拳銃をちらつかせ、強引に救命具を5人の生徒に装着させると、次々に海中へと蹴り入れた。海流に流された生徒たちは、泣き喚きながら船から離れてゆく。
「これでよし・・・・。」
再び船はエンジン全開で堂本、新田、藤川を乗せて狂ったように走り始めた。
1時間も走り続けたであろうか・・・・。
船はスピードを落とし、ある島のビーチ沖に停泊した。
「ようこそ堂本先生!」
一歩踏み出した黄色いサングラスが話しかけた。
「きっ・・・君たちはどういうつもりだ!」
出っ腹の新田がおののきながら聞くと同時に、トーキックがあごに炸裂した。
新田は一発でノックダウンされ、轢かれたカエルのようにだらしなく伸びた。
黒目がウラに回転した新田を見て、藤川沙耶香は失禁した。
彼女の瞳はまるでけだものでもみるような恐怖と嫌悪で満ちていた。
「いいか・・・、オレはうるさいヤツが一番嫌いだ。人のすることにつべこべ言うヤツもゆるせん。」
胸ポケットからシガーを取り出し、ジッポーで着火すると深々と煙を吸い込んだ。
「この日をどれだけ楽しみにしたか・・・、クックック・・・・。」
満足げに鼻孔から煙を噴出させた。
「特にオレはこういう弱いくせに、上から物を言うヤツが一番ゆるせん!」
もう一度トーキックが新田の口めがけてめり込んだ。
出血した口は熟れたトマトがつぶれたようになっていた。
男は痰を浴びせかけた。
「こうなったのも君、堂本くんの責任なんだよ、ええ!わかるかい?」
シガーを厚い軍足でもみ消しながら言った。
「なぜオレの名前を知っているのか・・・・。」
堂本は何か後頭部を強打されたような衝撃を受けた。
彼は現在の私立誠心学園の卒業生だ。
大学を出てから母校の教壇に立ち、5年の歳月が過ぎていた。
誠心学園は、毎年東系大学に二ケタの合格数を誇る屈指の進学校だ。
高校二年の秋に帰国子女としてメキシコから転入してきた。
母が日本人、父がスペイン系のメキシコ貿易商という間柄に生まれた。
兄弟はない。
豪傑で負けず嫌いな父は、亮一が小さい頃からメキシコの国技であるボクシングをやらせた。
「男はココと、コレが強くなければいかん」
と少年の彼に自分の頭と力こぶしを指差しながら教育した。
教育もどこからか一流の教師を調達していたようで、そのため彼は高校一年生の段階で、日本の一流大学にパスできるだけの学力を備えていた。
だが彼はそんな父がどうしても好きになれなかった。
ある日それに気づいてか、父は亮一を日本に留学させることとした。
彼は「さようなら」も言わずに日本へ舞い降りたのであった。
母の生まれ育った国、日本・・・・。
「一度行ってみるといいよ・・・・。」
常に亮一にやさしく接してくれた母の勧めもあり、留学を決意した。
母の祖国日本に初めて降り立ったのは十七歳の秋であった。