事実
「そんな簡単な問題ではないのだよ!堂本君!」
「・・・・・・。」
「その前にこのうっとおしいオッサンを処分しよう・・・・。」
沙耶香の奇襲に遭い撲殺された新田の足を引きずり、そのまま海へ放り込んだ。
コバルトブルーのキャンバスに赤いグラデーションが広がった。
「どういうことだ・・・・・・。」
「藤川沙耶香はお前の妹だ。」
「・・・・・・。」
「ただし母親は違うらしいが・・・・・・。」
沙耶香は聞き耳を立てているらしく、ピクリともしない。
「お前はオレの何を知っているというのだ!」
「フフッ・・・・、いろいろとな・・・・。」
含みを持たせながら佐山は語り続けた。
「無論オレはお前たちの関係などまったく知らなかった・・・・・・。あの時まではな!」
佐山の話によると誠心学園高校を自主退学した後、傭兵を志願した彼はフィリピンの非政府組織に所属した。
そこであることから堂本のことを知り、そのつながりから藤川沙耶香のことも知り得たらしいのだ。どこからどのようにしてその情報を手に入れてたのか、そしてその情報は信憑性のあるものなのか、裏づけはあるのかなどをさまざまな角度から、堂本亮一は聞き取ろうと試みたが、肝心なところで佐山は二枚貝のように口を閉じて、そこから先は決して語ろうとはしなかった・・・・・・。
突如として海面から水しぶきがあがり、巨大魚が何かに群がっているのが見えた。
「ハンマーヘッドシャークだ。あんなまずそうなエサでも喰うんだな。」
エサとなった新田は獰猛で奇怪な形相のサメの餌食となっているようだ・・・・。
「まあ遅かれ早かれ、生き物はすべてこうした食物連鎖の中で自然淘汰されてゆくものだ。それだからこそ、いつ失われるかもしれない自分という存在を残すために繁殖を試みるだ。オレもただそういった不変の真理に従っているだけに過ぎない・・・・・・。」
この場合の決まり文句だが、亮一はこう聞くしかなかった。
「それならばオレと沙耶香の関係を証明するものを見せろ!」
「そうだな・・・・、血液鑑定でもしようか?ワハハッ。」
どうやら決定的な証拠を握っているようであった。
「沙耶香!お前に聞く。お前は父親の名前を知っているか?」
「・・・・・・。」
「言ってみろよ。」
灼熱の太陽光線に照らされ、眉毛からも汗がしたたり落ちている堂本を尻目に、佐山はクーラーからフィリピンビール、サンミゲルの小瓶を取り出すと、オットセイのような口をしてグビリと飲っている。
「早く言ってみな!」
つまみのビーフジャーキーを奥歯で引きちぎりながらけし掛けた。
「パンチョ・・・・、それしか知らないわ・・・・。」
堂本の背中に流れる汗が一瞬引いた。
「そう、パンチョさんだな。メキシコではフランシスコさんのことをそう呼ぶ。よくある名前だ。」
沙耶香は母子家庭で育った。
小学校に入学してからの2、3年の間までは、たまにこのパンチョさんがたくさんの甘いお菓子を手土産に遊びに来てくれた。
その人が父であること、その人の援助があり生活が成り立っていることを知ったのが高校入学後のことであった。
堂本は「はったりにきまっている」と信じたいものの、事実に迫っている雰囲気を否定できないでいた。
あれほどの数の人食いサメは、いつの間にか姿を消していた。
「さて・・・・、それではご対面といきますか。」
いやらしくニヤリと笑いながら、胸ポケットから1枚の写真を取り出した。
そしてそれをまずは堂本亮一に見せた。
「お前の親父に間違いないな・・・・。」
写真はまぎれもなく、若い頃の父親フランシスコ堂本が精悍な顔つきで写っていた。
「・・・・・・。」
「Si.(シー=はい)ということだな?」
次に佐山は倒れこんでいる沙耶香を引き起こすために、Tシャツの胸倉をブラジャーごとぐいと掴んだ。
ビリビリッ、ブチン、という音をたててシャツが胸元から真っ二つに裂け、ブラジャーも消し飛んだ。
佐山がかつてあばら家で眼にした時よりも、さらに豊かに成長した乳房が太陽の下あらわになった。日焼けさせてしまうのがもったいないほど、白く透き通った器にピンク色の桜貝が乗せられているようであった。
「これがパンチョさんだな!?」
ジロジロと上から下までを嘗め回すように見回し、唸りながら写真を目の前に突き出した。
つづく・・・・