【既存スキル・イケメン耐性】
「……あ、れ?」
またこの天井かと、そう思いながら天蓋付きベッドで佳乃は再び目を覚ました。
近くに人の気配を感じ、ゆっくりと上半身を起こそうとする。けれど、身体に全く力が入らなかった。
(リリーの言っていた魔力切れのせい?)
佳乃がそう思っていると、少し離れた位置から「聖女様!お目覚めになりましたか?」と、若そうな男の声がした。
気になった佳乃は、何とか起き上がろうと身体を捩るも、やはり力が入らず起き上がれない。仕方なく佳乃は横になったまま声をかけた。
「あの、すいません。私、ちょっと起き上がれなくて……近くに来てもらえませんか?顔も見えないですし」
佳乃がそう言うと、男は「え、あー…申し訳ありません。それをすると主に叱られますので」と、遠慮がちに答えた。
その答えに、動けないながらも佳乃はキョトンとした顔になり、「叱られる?」と訊き返す。
「はい。後々面倒な事になりますので。聖女様、主を呼んで参ります。少し離れますが、もうじき此方に侍女が参りますので、何かありましたら侍女にお申し付け下さい」
「わ、分かりました。あ、えーと」
「ああ、私はルイ・エヴァンズ。ルイとお呼び下さい」
「はい。ありがとうございます、ルイさん」
「いえ。それでは一旦失礼致します」
お互いに顔は見えないが、和やかな雰囲気につい口元が綻んだ。そうしてルイは佳乃の部屋を出て、主であるクラウスの元へ向かう。
しかし、途中でルイはあることに気がつきピタリと立ち止まった。
「……殿下より先に名乗らない方が良かったか?…………………………まぁいいか」
内心、こんなことまで気にしてしまうことにめんどくせーと悪態をつきつつ、ルイは 聖女がまた眠ってしまう前にと進む歩を速めた。
* * *
「聖女様、私は侍女のマリーと申します。光栄にも、聖女様の身の回りのお世話をさせていただけることになりました。宜しくお願い致します」
ルイがクラウスを呼びに部屋からいなくなってまもなく、マリーと名乗る侍女が佳乃の元に訪れた。佳乃の前で恭しく腰を折り頭を垂れるマリーは、まるでメイドのような格好で、明るい茶色の髪は綺麗に纏めてお団子にしている。
「身の回りのお世話?……というか、ちょっと待って下さい。あの、聖女って……もしかして、私のこと、ですか?」
「勿論でございます」
即答する侍女のマリーに、佳乃は困惑を隠せず、眉根を寄せて狼狽えた。
(そういえば、さっきルイさんにも聖女って呼ばれてたかも。確かに夢の中で一通り、リリーから説明された。リリーが聖女と呼ばれていたことも。……だけど、私は聖女じゃない。身体こそリリーのものだし多少のチートもあるけど、外から魔力を取り込まない限り、魔法も使えないし、というか死にかけと変わらないし)
そう。今の聖女の身体は常に魔力切れの状態。命の源とも言える魔力は、辛うじて生命活動を維持する分しか残っていないのだ。
(早く、魔力を取り込まなくちゃ)
佳乃がそう考えていると、コンコンと部屋の扉を叩くノックの音が聞こえてきた。先程主を呼びに行くと言ったルイが、主と共に戻って来たのだろうか?
しかし、「失礼する」と言って中へ入って来たのはルイ達ではなかった。
入って来たのは、どこからどう見てもイケメンの2人。
少し癖のある金髪で碧眼の、騎士服を纏った長身の男性と、サラサラの長い黒髪に紫の瞳で黒いローブを身に纏った、同じく長身の男性だ。2人とも20代位だろうか。
しかし、相変わらず横になったままの佳乃からは入って来た2人が見えず、声と足音しか分からない。
侍女のマリーがスッと前に出て、イケメン2人に完璧なお辞儀をした。
「これはこれはアーク様、ロロエル様、ご機嫌麗しゅう存じます。ですが聖女様は今――」
マリーが全て言い終わる前に、ロロエルと呼ばれた黒髪の男性が軽く手を上げてその先を制した。
「陛下に許可は取ってある。聖女殿と話がしたい。侍女殿、お茶の用意を頼めるか」
「……承知致しました。ですが、聖女様はつい先程お目覚めになられたばかり。くれぐれもご無理をさせませんよう、ご配慮をお願い致します」
「ああ、分かっている」
「それでは、お茶の用意をして参ります」
マリーがお茶の用意をしに席を外すと、アークとロロエルの2人は佳乃の居る天蓋付きベッドへと歩み寄った。そして―――……
横になったままの佳乃を見て、2人の視線は釘付けになった。
窓から降り注ぐ光が天蓋の薄い布地をキラキラと照らし、ベッドに散らばるアイスブルーの髪が輝く。透き通る肌も、蜂蜜色の瞳も、あまりにも幻想的で、侵してはならない領域に踏み込んでしまったかのような錯覚を覚える。
アークとロロエルは少し離れた位置に立ち止まり、それ以上は近寄ることが出来なかった。
(???……なんだろ?この距離。というか、2人とも凄いイケメン)
微妙な距離感に、佳乃は不思議そうな顔をして僅かに身動いだ。ちなみに相手がイケメンなことについては、特に反応しない。何故なら、兄であった薫がイケメンだった為に、佳乃にはイケメン耐性がついていたからだ。
佳乃の疑問が伝わったのか、先に気を取り直したロロエルがコホンと咳払いをする。
しかし、言葉を紡ぐ前に廊下からドドドドドッ!!と誰かの走る音と、制止に叫ぶ声が聞こえてきた。その足音は佳乃の部屋の前で止まり、「失礼する!」と言いながら勢いよく扉を開け放つ。
中へ入って来たのは、またしてもイケメンだった。ツカツカと早足でやって来たイケメンは、先に来ていた二人をグイッと後方へ押しやる。
「ロロッ!寝ている女性の部屋に押し入るなんて何を考えている?アーク!お前がついていながら、一体どういう事だ!!」
「……っ。申し訳ありません、クラウス殿下!ですが……」
「殿下。俺達は陛下から許可を得て此所に来ている。侍女殿もお茶の用意が出来次第すぐに来るし、一瞬でも2人きりにならないよう、護衛の意味も含めてアークにも同行してもらった。なにか問題が?」
「大有りだっ!!」
「え」
クラウスの答えに、ロロエルがぽかんとして返すと、廊下でクラウスを制止しようと叫んでいたルイが、遅れて部屋に入って来た。よほど急いで来たのか、ゼェゼェと肩を揺らして息を切らしている。
「クラウスッ……殿下。待って下さい!きちんと話を……けほっ」
その声を聞いて佳乃はピクリと反応し、少しだけ手を動かしてみる。
「その声……ルイさん?」
「「?!」」
佳乃が口にした名前を聞いて、クラウスとアークは目を見開いた。呼ばれたルイは「……やっば」と、小さく声を漏らす。
顔色は可哀想なくらい青褪めていた。
* * *




