【王と貴族達の会議】
―――時は佳乃が天蓋付きベッドで目覚める少し前に遡る。
ジュレード王国の王宮内は騒然としていた。ずっと死んだと思っていた聖女が目覚めたからだ。国王であるレイモンド王は王都内いる主だった貴族達を召集し、直ぐ様緊急会議を開催した。
集まった貴族達は7名。ハワード公爵、バーンスタイン公爵、ローレンス侯爵、フォスター侯爵、エヴァンズ伯爵、エイブラムズ伯爵、キャプラ伯爵だ。急な召集だった為、会議室の席はいくつか空席になっている。レイモンド王は集まった貴族達の顔を確認した後、美しく品のある机に肘をついて、悩ましげに自らの眉間の皺を指で押さえた。
「まさか聖女がクリスタルの中で生きておったとは……」
レイモンド王がそう呟くように言うと、すかさず小太りで背の低いエイブラムズ伯爵が勢いよく口を開く。
「いやはや、聖女様が甦られたとは喜ばしい事です!伝承にある凄まじい魔力で、かつてのように王国をお護りいただければ今後も安泰ですな!」
「エイブラムズ卿、そのような考えは些か軽率では?甦られたと言っても、すぐに倒れてしまわれたのでしょう?」
「フェスター卿の言う通り、聖女が万全かどうかも現時点では確認出来ておらん。それに聖女は千年前、既に多大な功績を遺しておる。それ以上は何も望むまい」
エイブラムズ伯爵にやや冷たく意見を言い放つフェスター侯爵。この二人は年齢こそ近しいが、フォスター侯爵の見た目はエイブラムズ伯爵とは真逆で、しっかりとした体躯に長身、灰色の髪と瞳からは大人の色気を感じさせる。
そんなフォスター侯爵の意見にレイモンド王も同意していると、バーンスタイン公爵が鋭い目付きで口火を切った。
「陛下。聖女の存在は危険です。聖女は良くも悪くも旗頭になれる。万が一反王族側につかれでもしたら、民衆はかつて国を救った聖女につくでしょう」
やや口角を上げて聖女の危険性を伝えるバーンスタイン公爵。彼のほっそりとした体型と、形の整った髭から厳格そうな印象を受けるが、隠しきれない腹黒さが滲み出ていた。その腰巾着である禿げ頭のキャプラ伯爵が「確かに」と聖女の危険性に同意する。
「バーンスタイン閣下の仰る事はもっともなお話ですな。それに千年とこの国を見守り続けた聖女様が、国を憂いて甦ったとでも言われてしまえば……」
「キャプラ卿、そのような言い方は不敬ですぞ。陛下は民衆の支持も厚く、争い事も好まれない。国政も安定している!それを、国を憂いて等と!」
「エヴァンズ卿!わ、私はそんなつもりは!陛下、私は決してそのようなつもりは……!」
焦るキャプラ伯爵に、王族への忠誠心厚い貴族達から冷ややかな視線が向けられる。そんな中、宰相であるローレンス侯爵がレイモンド王へ何事か耳打ちすると、その後すぐに会議室の重厚な扉が開かれた。
レイモンド王も含め、貴族達の視線がそちらへと集まる。王は厳しい目付きで会議室へ入って来た者の名を呼んだ。
「何用か、クラウス。大事な会議に割って入るとは。それ程に重要な話なのだろうな?」
レイモンド王に凄んでそう言われれば、その辺の貴族達ならば顔色を青くするところだろう。けれど、会議室に入って来た青年は穏やかな笑みを浮かべていた。
クラウスと呼ばれた青年は、白銀の髪に青空のような瞳の美丈夫で、その整った面立ちはレイモンド王とよく似ている。
「勿論です、陛下。私の発言をお許し下さい」
「よかろう。申してみよ」
「ありがとうございます。会議の本題である聖女様の事について、皆様の不安を拭い去るとても良い解決法がございます」
「ほう。どのような方法だ?」
「ジュレード王国の第一王子である私が、聖女様と婚姻を結べば良いのです」
「?!」
「なんだと……?」
クラウスの言葉に貴族達がざわつく中、国王でありクラウスの父であるレイモンド王は、息子の言葉に小さな溜め息をついた。
「馬鹿な事を申すな。千年経った聖女の身体に異常がないかどうかも分からぬのだぞ。それにお前は、予定ではイルナリア帝国の姫君と……」
「陛下。恐れながら、今はそれよりも聖女様への対処が先だと思います。どの道先延ばしには出来ぬ事でしょう。仮に聖女様が短命であったとしても、私は構いません」
「……聖女が嫌だと言ったらどうするつもりだ?」
「一応保険として、聖女様の婚約者候補にリアムも入れましょう。ジュレード王国に繋ぎ止める為ならば致し方ない」
「何?」
「陛下、事はもう我が国の中だけでは収まらないのです。聖女様が千年前お救いになられたのは我が国だけではなく【世界】です。いずれ他国がこの事を知れば、聖女様を欲しがる国は1つや2つではないでしょう。聖女様の存在は戦争の火種にすらなりえる。他国が乗り込んで来る前に、聖女様と婚姻を結んでしまえば、少なくとも表面上は手出し出来なくなります」
レイモンド王はクラウスの話に頭を抱えた。それはあまりにも正論だったからだ。そしてそれはレイモンド王が犯した失態の穴埋めに繋がる事だった。
いつもは賢君と名高いレイモンド王だが、今回は咄嗟の判断が遅れてしまったのだ。聖女が居た神殿は、通常民衆には公開されていない場所。故に多少王宮内でその存在を知られたとしても、すぐに外には漏れないだろうと、箝口令を敷くのが一歩遅れてしまった。
他国にとっても、かつて魔王を封印した聖女の存在は特別なもの。ここ何十年と血を流すような争い事とは無縁だった為に、うっかり平和ボケしてしまっていた王の落ち度であった。
「陛下、少しよろしいですかな」
王と王子のやり取りを見守る中、元騎士団長であり現軍務大臣であるハワード公爵が王へ発言の許可を求めた。
歳を重ねても変わらぬ精悍な顔立ちと、金髪に碧眼というハワード公爵は王家への忠誠心厚く、レイモンドが王位を継ぐ頃より仕えている臣下だ。
レイモンド王は頷き視線で発言を促すと、ハワード公爵はクラウスに視線を向けて口を開いた。
「クラウス殿下。もし宜しければ、私の息子も聖女様の婚約者候補に入れていただきたい」
「騎士団長を?しかし彼は……」
「聖女様をこの国に繋ぎ止める、という事が目的ならば候補者は多い方が良いでしょう。違いますかな?」
その言葉に、クラウスは内心舌打ちをした。決して表情にはおくびにも出さなかったが。
「いえ、分かりました。では、陛下もそれで宜しいですか?」
「……ああ。それとクラウス。帝国の姫君との事だが」
「ええ、分かっております。そちらの方も私にお任せ下さい」
「………」
レイモンド王の言葉にギリギリ被らずに素早く答えると、穏やかな笑顔を崩すことなく、クラウスは「では、私はこれで」と言って会議室から出て行った。
レイモンド王は息子が出て行ったばかりの扉を見つめて、また小さく溜め息をついたのだった。
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