【聖女リリー】
―――ああ、まただ。
私、また夢を見てる。
身体が重い。どうして?
『……知りたい?』
(知りたい)
『なら、教えてあげる。』
(……貴女は誰?)
まるで、深い深い海の底にいるみたい。けれど、頭に響くその声が誰のものなのか知りたくて、私は必死に重たい瞼を持ち上げる。
するとそこには、ついさっき鏡で見た、【私】がいた―――……
『私はリリー。その身体の、本来の持ち主よ』
(この身体の持ち主?)
『ええ、そうよ。……私はね、もうまもなく消えてしまうの。永い永い千年の時の中で、魂がどんどん磨り減っていってしまって。もうこれ以上、身体に留まることが出来ないの』
(消えちゃうの?!ちょっと待って!というか、千年って……)
『大丈夫。まだ少し保つから。……貴女はきっと、身体を無くしてしまったのね。逆に私の身体は魂が消えて空っぽになってしまう。だから惹かれ合ったのかしら?多分とても相性かいいのね』
―――身体を無くした?
ああ、そうか。
やっぱりそうなのか。
ストンと、腑に落ちてしまった。
到底、信じられない話なのに。
馬鹿げた話。どこのラノベだよ。
けれど、リリーの話に私は納得してしまった。
あんな事故で、助かる訳ない。やはり私は、花咲 佳乃は、あの事故で死んでしまったんだ。そして魂だけがリリーの身体へと流れ着いた。
(じゃあ、薫兄さんも……)
咄嗟に私を庇おうと抱き締めてくれた兄は、当然私よりも酷い怪我を負った筈だ。庇われた私が死んでしまっているのだから、兄が助かったという可能性はほぼ無いだろう。
(兄さん……)
しかし、兄である薫の死を悟り俯いていると、リリーから思いがけない事を言われた。
『お兄さん?……貴女のように記憶があるか分からないけれど、お兄さんもこの世界に居ると思うわよ』
(……え?!)
『貴女の魂と惹かれ合うように、一筋の線が伸びている。お兄さんも今頃貴女のように、この世界の何処かで器を得ている筈よ』
―――ということは、また兄さんに逢えるかもしれないってこと?
ずっとずっと、二人きりだった。
両親が生きてる時も、死んだ後も。私達の親はお世辞にも良い親とは言えなかった。だけど、薫兄さんだけは私を可愛がってくれた。後妻だった母の連れ子で、血の繋がらない私を本当の妹として大事にしてくれた。
『……やっと笑った』
そう言ってリリーも、優しく笑ってくれた。
僅かな希望が見えたからか、それから少し落ち着いた私に、リリーは色々教えてくれた。ここが私の居た世界とは異なる世界だということ。この世界には魔法があること。精霊がいること。リリーが聖女と呼ばれていたことを。
(まさか本当にラノベ仕様だとは……。自分が魔法少女になれるなんて)
『魔法少女……それは貴女次第というか、周り次第というか……』
(どういうこと?)
『実はね。その身体、魔力がもうすっからかんなの。千年前の大戦で魔力使い尽くしちゃって……てへ☆』
(えっ?!嘘っ?!じゃあ私、魔法使えないの?!身体は聖女なのに?!)
『うん!!』
(えええええ―――?!!)
いやいやいや、『うん!!』じゃないよ!!せっかく魔法のある世界に来たのに、魔法使えないって!!残念過ぎるにも程があるでしょ?!!つか、リリー!!今のへらっと笑った顔可愛いな?!!
『でも大丈夫。もともとの魔力はもう使えないけど、外から取り込めば魔法使えるから』
(え、外から?)
『そう。私の身体は特異体質で、外からも魔力を取り込めるの。しかも取り込んだ魔力は体内で5倍に膨れ上がる。許容量だけはバカみたいに大きいから、限界に達する事もないと思うわ』
(何そのチート?!でもそうか、リリーは聖女様だもんね。それに魔法が使えるなら私も嬉しいし!)
『チート?はよく分からないけれど、そういった感じで魔法は使えるわ。大抵の人は自分の属性しか使えないのだけど、私の身体はどの属性でも使えるの。ただ取り込んだ魔力を一気に使っちゃうと、すぐに元の魔力切れ状態に陥って倒れちゃうと思うから気をつけてね』
(そうなんだ。分かった、気をつけるね。それで、どうやって外から魔力を取り込めばいいの?)
『魔術師に魔力を練ってもらって口から取り込むの。貰う魔力は少しで大丈夫だから、魔術師じゃなくても大丈夫だけどね』
(ちょっと待って。口から?)
『そう、口から』
(へー。いや、ちょっと待って。口から?)
『ええ、そうよ。口から』
(いやいやいや?!ちょっと、ちょっと待って?!口から?!!)
『く ち か ら』
(…………)
『想像つくけど、口からって別に口移しだけじゃないわよ?まぁ口移しでも大丈夫だけど』
(えっ?!それならそうと、早く言ってよ!恥ずかし過ぎて死ねるっ!!いや、もう既に一度死んでるけども!)
『練った魔力を食べ物に混ぜてもらって、それを食べれば取り込めるから』
(なーんだ!良かった~変な心配しちゃった!)
『……まぁ、今でもそれが出来る魔術師がいるかは分からないけど』
(え?何?)
『ううん、何でも!とりあえず今は、なるべく早く魔力を外から取り込んで。もともとの魔力は生命維持だけで精一杯だから、早くしないとすぐにまた死んでしまうわよ?』
(転生したばっかりなのに?!)
『貴女も運が無かったわね。今まではクリスタルに護られていたから大丈夫だったけど、貴女の魂が入ったことで割れてしまったしね』
(クリスタル?……リリー?身体が薄く……)
『千年、とても永かったわ。でも、これでやっと……』
(リリー!行っちゃうの?)
『ええ。ずっとずっと、行きたかった所があるの。私、もう行くわね。私の身体、扱い難いかもしれないけど、出来たら大事にして。さよなら』
(リリー!私、貴女の身体大事にするからっ!)
そう言うと、リリーは可愛らしく笑って消えた。まるで大好きな恋人との待ち合わせ場所へ急ぐ少女のように、頬をほんのりと朱に染めて。
きっと本当に、逢いに行ったのだろう。
(あれ?でも……)
前に見た、魔王を倒す夢。
あの時のリリーと、今のリリーは、見た目こそ同じだったけれど、何だか違和感を感じる。
(あれは本当に、リリーだったんだよね?)
―――私がこの身体に残るリリーの記憶を思い出し、真実を知るのはもう少し先の事になる。
その時初めて、最後に見たリリーの笑顔の、本当の意味を知るのだった。
* * *