【アークの初恋】
その日。アーク・ハワードは仕事の合間に、王宮にある神殿へ訪れていた。幼馴染である、ジェレミア・ローレンスと共に。
神殿は王宮の奥にある為、普段は誰もやって来ない。人が来るのは、週に一度ある祈りの日と、年に二回ある、一般公開の日のみ。
しかし、彼、アークは度々ここを訪れていた。理由は『彼女』に逢う為。
一緒に来たジェレミアが、アークに色々と話し掛ける中。初恋を拗らせてると言われて、若干の苛立ちを覚える。
(どうせ拗らせてるさ)
アークの初恋は、アークがまだ十歳にも満たない頃。父親に連れられて、初めて王宮へやってきた時だ。
他の貴族の子供達と中庭で遊んでいて、いつの間にか迷子になり、神殿へと迷いこんだアークは、聖女を見つけた。
クリスタルに覆われ、その身の時を止めてしまった聖女。
千年前の大戦で、彼女は魔王を封印し、その命を落としたと言われている。だから、ここにあるのは、彼女の器だけ。空っぽの器だけなのだ。
けれどアークには、空っぽの器だなんて思えなかった。神殿上部にあるステンドグラスから、虹色の光が差し込み、彼女が輝いて見える。
まるで今にも、その瞳が開きそうで。
『聖女、様……』
幼いアークの胸に広がる、じんわりと甘い、ほのかな恋情。
アークは自分の家族が大好きだ。けれど、ただひとつだけ悔しく思った。何故自分は、聖女と同じ時代に生まれなかったのかと。もし、聖女と同じ時代に生まれていたなら。そして自分が立派な騎士であったなら。
聖女であった彼女を、守れたかもしれないのに。
『貴女に、逢いたいな……』
彼女はそこに居るのに、そこに居ない。
アークにとって、それは甘くも苦い初恋になった。決して届くことのない想い。
こんなに近くに居るのに、彼女の魂は、ここには無い。
幼いアークは自分を捜しに来た友人達と、その場を後にした。
その後、アークは騎士になるまで、一度もこの場所を訪れなかった。いつまでも不毛な恋をしていても、仕方ないと分かっていたからだ。
しかし、騎士になってからは度々この場を訪れている。きっかけは、年に二回ある神殿の一般公開日だった。騎士になったアークは、一般公開日に警備の任に就いた。その際、数年ぶりに目にした聖女は、やはり思い出通りに美しく、あの日見たままに輝いていたのだ。
(我ながら、女々しいって分かってる)
けれど、今はまだ、想っていたい。
例え、彼女の瞳が開かずとも。
きっときっと、魂はそこにあると信じているから―――……
その日。
アークの宝石のような碧色の瞳の奥に、美しくも獰猛な熱が灯った。
そうして現在、アークは彼女の瞳の色を知る。
同じ時代に生まれたなら
自分が騎士であったなら
(―――嗚呼、神よ。だから、私は………!)
アークは静かに、歓喜に震えた。
熱く激しい想いを、ほんの少しさえも溢すまいと、必死にその身を抱き締めて。
* * *