【セナの叔父】
更新のんびりですみません。
茜色に染まった空。
カダゴトと揺れる荷馬車の荷台で、花とローゼは見つめあっていた。御者台に居るセナも、ローゼの質問に花がどう答えるのか気になったらしい。チラリと視線を二人に向けた。
『……お前は、本当は『誰』なの?』
―――私は、本当は『誰』なのか。
魂は花咲 佳乃だ。
けれど、この器の名前はリリー。
ローゼの望む答えはどちらだろう?
花がしばし逡巡していると、ローゼとセナがピクリと反応した。ローゼの腕に嵌められている魔導具がシャラリと鳴った。
突然荷馬車が停まり、花も何かあったのだと異変を感じ取る。静かに身構えていると、誰かがセナに話し掛けてきた。
「セナリス。無事に聖女を連れて来たのか?」
「叔父上……?!」
荷馬車の外からは、馬の蹄の音がいくつか聞こえる。既に囲まれているようだ。
「どうなのだ」
「……無事に連れて参りました」
「のんびり懐柔していたと聞いたが、思ったよりは早かったな。懐柔は諦めて攫ってきたのか?」
「いえ。……聖女自ら、帝国へ行くと」
「聖女自らだと?なかなか良い判断じゃないか。……皇帝陛下が聖女をご所望だ。ここで引き渡して貰う」
「?!」
セナの動揺が伝わってきた。
ローゼが足音を立てずに、花の傍へと移動する。いざという時、花を守れるように。
一瞬だけピリッとした空気に包まれたが、セナはすぐにいつもの表情へと戻った。
「分かりました、聖女を引き渡します。けれど、その代わりに私も同行させて下さい」
「何だと……?」
セナに叔父上と呼ばれた壮年の男が、ジロリとセナを睨み付ける。その男についてきた者達もセナに対して「どういうつもりだ?」といった顔をして臨戦態勢に入るが……
「叔父上ともあろうお人が、手柄を独り占めする気ですか?連れて来たのは私です。陛下へ忠誠を示し、褒美を貰える機会を、みすみす見逃す事など出来る筈がない」
セナがハッキリとそう言い切ると、一気にその場の緊張した空気が霧散した。壮年の男が笑いだし、周りの部下と思われる者達も笑う。
花にはイマイチ状況が分からなかったが、戦闘にはならなさそうだと思って、ほんの少しだけ安堵した。
「確かにお前の言う通りだ。悪かったな。それならば、お前も連れて行こう。この荷馬車はどうする?」
「……部下が一人荷馬車に乗っているので、その者に頼みます」
「お前が部下を連れ歩くなんて珍しいな。分かった。セナリスと聖女だけ降りてこい」
「はい」
セナは御者台から降りて、荷台の方へと入ってきた。少しだけ壮年の男達を気にしつつ、セナが小声で花達に話し掛ける。
「セナ!これは一体……」
「しっ。……ゼノ様の元へ連れていきたかったが、少し状況が変わってしまったようだ。けれど、安心しろ。あの誓いを無効にはしない。私が必ず、花を守る」
セナの真剣な瞳に、花は己の胸の内が熱くなるのを感じた。そんな二人を見ながら、ローゼが静かにセナへ質問を投げ掛ける。
「誰が誰の部下だって?」
「私だって貴様を庇い立て等したくなかった。だが、ここで叔父上達に捕まれば、魔族なんて珍しい種族のお前は陛下の拷問玩具にされるぞ。お前は………いや、ローゼは予定通りのルートでゼノ様の元へ行け。あの方と会えたなら、何とかしてくれるだろう」
「……ハナと離れろって言うの?」
「城でまた会える。……上手くやれ」
「チッ。分かったよ」
セナがきちんとローゼの事を名前で呼ぶなんて。
花は少し感心しつつ、今は大人しく従った方が良いと思い、荷台から降りようとするが、セナに止められた。
「セナ?」
「叔父上は恐らく、転移の宝玉を使うつもりだろう。すぐに陛下と謁見する事になる。……なるべく気丈に振る舞った方が良い。ハナの魔力の事は黙っていろ」
「……分かった」
ハナが頷いたのを確認してから、セナは花をひょいとお姫様抱っこして荷台から降りた。
(ちょ、なんでお姫様抱っこ?!)
しかし、セナはいつも通りの表情でスタスタと花を横抱きしたまま壮年の男の方まで歩いていく。
さらりと花の長い髪が揺れると、周りから息を呑む音が聞こえた。壮年の男とその部下達が、花を見て絶句していた。セナやローゼはもう見慣れてしまったが、花の姿は驚く程に美しいのだ。壮年の男が、思わずポツリと呟いた。
「……神に寵愛されている聖女という話は本当だったのか?」
(―――神?)
とても神なんて信仰しているようには見えないが。
花はにこりと笑って見せた。
セナが気丈に振る舞った方が良いと言っていたので、あまり焦った顔や戸惑った顔は見せない方が良いと思ったのだ。それ故に笑顔を見せたのだが、あまりの神々しさに壮年の男の部下一人が倒れた。
「……その倒れた腑抜けを誰か抱えておけ。転移の宝玉を使う。セナ、そのままこちらに来い」
セナは無言で、そのまま壮年の男の元へ近付いた。すると、壮年の男は花に近付き、そっと花の手を取ってその甲に口付けた。
「?!」
「叔父上?!何を……」
「お前がのんびり懐柔しようとした気持ちが少し分かった気がするよ。こんな女神様みたいな聖女を力付くで従えさせれば罰が当たりそうだからな」
そう言って、壮年の男は転移の宝玉をパキンと割った。
「聖女の威厳とやらを見せていただこうか」
光に包まれながら、壮年の男の言葉が聞こえた。セナの叔父ということは、この男もセナと同じ家門で皇帝直属部隊の一員だろう。
しかし、貴族は貴族でも影の部隊だからか、まるで貴族らしくない。ずっとジュレード王国に潜入していたセナの方が遥かに貴族っぽい。
貴族らしくない彼等は一見とても乱暴そうだ。実際に乱暴かもしれないが、そこまで悪い人にも見えなかった。
(どの世界にも、本当に悪い人って居る。だけど、日本で育ったからかな?危機感が持てない―――)
そんな事を考えていた花は、すぐに考えを改める事になる。この後、本当の悪人―――暴君、ゼガル・イルナリアとの謁見にて、ソレを目の当たりする事になるのだから。
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