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聖女なんかじゃありません!  作者: はる乃
プロローグ
3/33

【聖女の目覚め】



(―――ここはどこ?)



暗い意識の中。

少しずつ彼女の身体が、トクントクンと小さく脈打って覚醒していく。だが、何故だか瞳は開けられず、身体も動かせず、声も出せない。


加えて、ここはとても寒い。



(なんだか、凄く寒い。……それにこれ、金縛り?どうして私、身体が動かせないの?)



そう思っていると、不意にだんだんと近付いて来る音に気付いた。



(……足音?)



その足音は、自分のすぐ近くまで来たようだ。そして、話し声が聞こえてくる。



「今日も聖女様は美しいな。閉じられた瞳が何色なのか、見てみたいが……」


「そうですね。瞳の色だけは、どの文献を読んでも、書かれていませんし。ですが、このクリスタルがある限り無理でしょう」


「ああ。残念だ」



聞こえてきたのは、2人分の男の声。

その内の1人が、更に歩を進めて、クリスタルに触れる。



(なんの話をしてるんだろう?聖女とかクリスタルとか、ゲームかな。……あれ?なんか、少し暖かい?)



何故だか、急にじんわりとした温かさが拡がっていくのを感じた。先程まで、とても寒かったというのに。


それに、更なる疑問が浮かび上がる。この2人は、自分のすぐ近くに居ると思うのだが、存在をまるで無視されている。


今の動けない状態を、出来れば何とかしていただきたい。そう思うが、やはり依然として声が出ないのだ。

言い知れない不安に駆られて、胸の内がざわざわしてくるが、その間にも男2人の会話は続いていく。



「それはそうと、お父上が嘆かれてましたよ。貴方がまた縁談を蹴ったと」


「あんな香水臭い女性、私の趣味じゃない」


「香水臭い、ねぇ。なかなかの美人とお聞きしましたけど」


「確かに美人ではあったが、私は……」


「いつまで初恋を拗らせてるんです?不毛な恋は捨てた方が良いですよ。貴方も騎士団長にまでなったのですし、そろそろ身を固めて、お父上達を安心させてあげれば…」


「煩いぞ、ジェレミア。いざとなれば、ノアが家を継げばいい」


「アーク、貴方という人は……公爵閣下が毎日のように頭が痛いという理由が分かりましたよ」


「……」



苦い顔をしながら、アークと呼ばれた青年はクリスタルに触れていた手を、そっと離す。


すると、先程まで感じていた暖かさが遠退いた。



(やだ。寒い……)



途端に訪れる、急激な寒さ。

自分が、息をしているのかどうかさえ、分からなくて。小さくなっていく足音に、心細さと不安が大きくなる。



(行かないで)



どこの誰とも知らない相手。

けれど、このまま独り、取り残されてしまうのは嫌だった。


思わず彼女が、『行かないで』と、そう強く強く念じると、離れかけていた足音が、ピタリと止まる。



「?」


「アーク?どうかしましたか?」


「今、何か聞こえなかったか?」



アークの言葉に、怪訝な顔をするジェレミア。少し耳を澄ませてみるが、何も聞こえない。



「私には何も。……空耳では?」


「いや、確かに人の声が聞こえた。」


「人?ですが、この時間にこんな所に来る人なんて――」



そう言いかけて、ジェレミアも異変に気付く。訝しげな顔で、辺りをキョロキョロと見渡しながら、静かに口を開いた。



「アーク。今私にも、何か聞こえました」


「ジェレミアもか。ならば、気のせいではないな。だが、殺気や魔力の気配は感じない」


「それに、この声……」


「女?」



微かに聞こえてくるのは、まるで鈴の音のような、少女の声。

2人はまさかと思い、振り返って、聖女を見た。聖女は変わらず、巨大なクリスタルに覆われている。けれど、そのクリスタルから、僅かに光が漏れ始めていた。


目を見開く2人。

ジェレミアが戸惑いの表情を浮かべていると、アークがクリスタルに向かって歩き始める。



「…アーク?何をするつもりなんです?」


「分からない。しかし、確かめなければ」


「確かめるって……アーク!」



ついさっきまで自分が居た場所へ歩いて行くと、アークは徐に、 もう一度クリスタルに触れた。


その瞬間、クリスタルは熱を帯び、光の強さが増していく。



「!?」


「さっきよりも、光が強く……っ」


「アーク!離れてください!クリスタルが……っ?!」



クリスタルに触れるアークへ、離れるよう強張った声で言うジェレミア。けれど、アークはジェレミアの声を聞いていなかった。

自分の触れた箇所から、ビシビシとクリスタルにヒビが入っていく。

そのままヒビはクリスタル全体へと拡がり、最後にバキンと大きな音を立てて割れ、砕け散った。


中に居た少女が、傷ひとつ負う事なく、ふわりと宙に投げ出される。


―――ドサッ。


反射的に、アークは少女を抱き止めていた。

アークの心臓が、まるで早鐘のように、バクバクと鳴り響いている。少し離れた位置に居るジェレミアも、驚愕の表情で、言葉を失っていた。


しばらくアークもジェレミアも固まったままだったが、少女が身動ぎをしたので、ハッとしたように我に返り、少女を見つめる。



「うぅ……」



少女から発せられた、小さな呻き声。ちゃんと、少女は生きている。

アークは躊躇いがちに、少女へ話し掛けた。



「聖女、様……?」


「温かくてポカポカ……」


「え?」


「え?」



少女はゆっくりと瞼を開けて、顔を上げた。

サラリと揺れる、淡いアイスブルーの髪に、ほんのりと赤み差す頬。キラキラと陽の光に輝く、蜂蜜色の瞳。


2人は、ただただ見惚れた。

彼女から、目が離せなかった。


しかし、再び発せられた彼女の声に、アークとジェレミアは目を丸くする事になる。



「聖女……って、何?」



クリスタルから出てきたのは、紛れもなく、聖女の身体。

けれど、その中身は――……



地球という星の、日本という島国で死んだ、花咲 佳乃だった。




* * *



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