【イルナリア帝国】
贅の限りを尽くした、絢爛豪華な城。城内の床は大理石、見事な彫刻が施された柱、高い天井には神秘的な絵が描かれ、廊下に飾られている品々はどれも一級品。
軍事国家イルナリア帝国。
千年前の盟約により、近隣国には手を出さずにいるが、海を挟んだ向こう側には幾度となく戦をけしかけ、その度に侵略し、領土を広げている国だ。
そんな帝国の玉座には、暴君と呼ばれ恐れられているゼガル・イルナリア皇帝が座っている。その玉座から数段下に、姿勢美しく皇帝に跪く皇太子、ゼノ・イルナリアの姿があった。
姿勢だけでなく、ゼノは誰が見ても見惚れる程の美形で、髪色は群青色、瞳は金色だ。父王であるゼガルと違い、その体躯を見れば一目で普段から鍛えていることが分かる。
「皇帝陛下、ご機嫌麗しゅう存じます。本日は……」
「くだらん前置きはいい。隣国ジュレード王国の聖女が目覚めたとは本当か?」
皇帝の質問に、ゼノは内心舌打ちをした。いずれ知られてしまうと分かってはいたが、思っていたよりも早かったからだ。恐らくは先日、ジュレード王国中を走り抜けた巨大な魔力のせいだろう。
(マヌケな聖女め)
あんな事をしてしまえば、どの国の連中も聖女の存在に気付くだろう。どの道、平和ボケし過ぎていたジュレード国王のせいで、その存在がバレるのも時間の問題だったが。
「答えよ、ゼノ」
「……はっ。皇帝陛下が仰られた通り、死んでいると思われていたジュレード王国の聖女は、先日目覚めたそうです」
「やはり噂は真であったか」
「はい。どのように致しましょう?」
「決まっておろう?余はアレが欲しい!魔力封じの魔導具をつけ、我が国へ連れて来るのだ!!」
「しかし、無理に奪おうとすればジュレード王国だけでなく、大陸中の国々を敵に回しかねません。……掌中に収める方法については、私に任せていただいてもよろしいですか?」
「ああ、全てお前に任せる。アレさえ手に入るならば、金でも人でも好きに使うがいい」
「承知致しました。寛大なご配慮に感謝致します」
「ゼノ、あまり待たせるでないぞ?下がるがいい」
「はっ!失礼致します」
そうしてゼノは玉座を後にした。
腹の中で父王であるゼガルを散々罵りながら。
…………………………
……………
イルナリア帝国王城内・皇太子執務室にて。
美しく品がありながらも、機能性重視の調度品が置かれる室内。そこで皇太子であるゼノは部下からもたらされたばかりの新しい書類を手にし、文字へ視線を走らせていた。
「……セナリスはまだかかりそうなのか?」
ゼノが徐に口をついてそう呟くと、何処からともなく黒装束の男が音も無く突然現れ、ゼノに対し跪いた。
「どうなんだ、クロ」
「はっ!セナリスは聖女の懐柔を試みているとのこと。もうじきまた経過報告が送られて来るかと」
「懐柔か。……昨日までならそれでも良かった。だが、ついさっき状況が変わった。優しいセナリス。俺はセナリスの優しいところが気に入っている」
「……は」
「だからこそ、この上なく残念だ。懐柔は中止。無理矢理にでも聖女を連れてくるように伝えろ。それが無理ならば……聖女共々、速やかに死ぬように」
「承知致しました」
その言葉と共に、クロと呼ばれた黒装束の男は瞬時に消えてしまった。
ゼノは手にしていた書類を机に置き、窓へと視線を向け、まだ明るい日差し降り注ぐ外の景色を見つめた。
窓の外には庭園があり、美しく見事な薔薇が咲き誇っている。人っ子一人いない庭園に、懐かしい誰かの影を見た気がした。
ゼノの脳裏に焼き付いた、あまりに綺麗で残酷な悲しき幻影。
「……早く、あの男を殺さなければ。この国に王族なんていらない。ただの一人も。……そう思うだろう?」
ゼノの声はとても小さく、扉の側に控える使用人には、どのような内容か聞き取れなかった。
―――誰に対しての言葉だったのか。
ゼノが庭園から視線を外し、空を見上げてみると、先程までその存在を主張し、燦々と輝いていた太陽が少しずつ雲に隠れ始めていた。
もうじき空は曇天となり、やがて雨が降り始めるだろう。
まるで誰かが泣いているかのように。
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