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聖女なんかじゃありません!  作者: はる乃
本編第二章
24/33

【愚かな男】



――――花はまた夢を見ていた。


リアムにかけられた魔法のせいで、頭が酷く痛む。抗わなければ、楽になれるのだろうか?


花がそんな事を考えていると、頭の中で声が聞こえた。そうしてだんだんと、映画の中にでも入り込んだかのように映像が見えてくる。

それは、リリーの過去の光景だった。記憶を無くし、魔王達と共に過ごしたリリー。今の花と同じように時の魔法をかけられ、国王の企みによって魔王達と戦う事になったリリー。様々な過去が通り過ぎて、最後に目の前に広がったのは、リリーの最期の出来事。


そこにはリリーと、クラウスによく似た白銀の髪の男が1人。リリーは苦しそうに肩で息をしながらも、口元を見れば笑っていた。


まるで氷のようなクリスタルが、リリーの足元を覆っていく。



『もう二度と、誰にも、好きにはさせない』


『リリー、君の身体が……!これはクリスタル?一体どうなっているんだ?!』



白銀の髪の男は、アッシュ・ジュレード。

リリーに時の魔法をかけ、魔王と引き離してしまった男。リリーが魔王に止めを刺そうとしている時に、一緒に居た男。



『……魔王は……封印した。私は、彼と共に逝く……』


『なっ……まさか、記憶が?』


『やっぱり、アッシュが私の記憶を弄ったのね。……ずっとずっと、思い出せなかったのよ。あの人の、瞳を……』


『リリー!!』



話をしている間にも、リリーの身体は少しずつクリスタルに覆われていく。

アッシュはリリーに触れようとするも、見えない何かに阻まれて触れる事が出来ない。



『やっと、思い出せた。封印する直前に、あの人が、私に向けてくれた』



―――愛してる、リリー。



『も、わたし……神様なんて、しんじない』



リリーの瞳からは、宝石のように綺麗な涙がポロポロと零れ落ちていく。それを見て、アッシュは伸ばしていた手を引っ込め、唇を真一文字に引き結んだ。アッシュの瞳にも、じわりと涙が滲む。



『アッシュ。私、貴方を許さない。だから……』


『リリー……?』


『しあわせに、なって』



そう言ってリリーは、頭まで全部、クリスタルに覆われてしまった。

アッシュはそれを見つめて、ただただ涙を流し続けた。



『……君だって、残酷だよ。リリー』



私の愛しい人。

その綺麗な瞳は、もう私を映さない。

その可愛らしい唇は、もう私の名を紡がない。


もう二度と。



『こんなに愛してるのに。君は、君の居ない世界で、私に幸せになれと言うんだね』



それが彼に対する、彼女の復讐なのか。




リリーは言った。

もう誰にも好きにはさせないと。



『それが君の願いなら』



そう言ってアッシュは、クリスタル越しに、リリーに時の魔法をかけた。弄った記憶を元に戻し、プロテクトをかける。


もう誰にも記憶を弄られる事が無いように。



リリーの身に起きた『過去の出来事』を夢に見ている花は、少し離れた場所からリリー達を見つめて、胸の奥が苦しくなった。



(この人、本当にリリーが好きだったんだ)



リリーの記憶の筈なのに、彼の気持ちが流れ込んで来ているような気がした。もしかしたら、リリーに残る彼の魔力のせいだろうか。


彼のプロテクトは、リリーの身体にかけられたもの。だから―――

花にかけられた記憶改変の時の魔法も、アッシュのプロテクトによってゆっくりと消えていく。



『……私が君にかけた保護魔法については、誰にも伝えなかった。もし君が何らかの事情で目覚めてしまった時に、私の子孫がオイタをしないとも限らないからね』


(え?)



花は目を見開いた。

それまでずっと、立体映像のように動いていた過去の記憶の彼が、リリーではなく、見ていた花に対して語りかけてきたからだ。



『これはリリーの記憶だけど、保護魔法に私の思念も宿っているんだ。……君は、リリーじゃないんだね』


(……はい)



花がそう答えると、アッシュは切なそうに空色の瞳を揺らした。



『でも、またその瞳に私を映してくれて嬉しいよ。……ひとつだけ、お願いしてもいいかな?』


(お願い?私に、出来ることなら……)


『一度でいい。私の名を、呼んでくれないかな?』



それは先程流れ込んできた、あの日の、彼の願い。

私にとっては、ついさっき見た事だけど、彼にとっては千年ぶりだ。


確かに私もリリーが言うように、彼のした事は許せないと思う。けれど、もしかしたら彼女は、既に彼に絆されかけていたのではと……そう思った。だからこそ、彼に幸せになって欲しいという彼女の最期の言葉は、本心だったのではないかと思った。


私みたいな、完全な部外者が彼の名前を呼んでいいのか、しばし逡巡して、私は答える。



(―――いいですよ)



承諾すると、彼は嬉しそうに微笑んで瞳を細めた。これがいわゆる、蕩けるような瞳、というものだろう。



(……アッシュ)



彼の名を呼ぶと、彼はその蕩けるような瞳のまま破顔した。



『ありがとう』


(いいえ。その、逆に私ですみません)


『ふふ、君は優しい人だね。……私の子孫達がすまないね。彼等を許さなくてもいい。だけど、出来たら否定はしないでくれ。彼等は王族として、国民を護りたかったのだと思う』


(……納得は出来ませんけど、確かに、悪い人達ではないと思っているので)


『ありがとう。彼等には、父上のした事がそのまま真実として伝わっているのだと思う。魔族に騙された聖女を、王族が時の魔法で救ったと』


(どうして?アッシュが王様になってから、いくらでも訂正出来たんじゃないの?)



『……ごめんね。私は王位を継いで子を成した後、すぐに死んでしまったから』


(……え?)


『私は真実を知っていた。父上や大臣達にとって、そんな私の存在は邪魔だったんだろう』


(それって、つまり……)


『私にもっと、父上達のようなずる賢さがあれば良かったんだろうね。私は愚かな男だった。……さて、そろそろお別れの時間だ』



寂しそうに微笑んだアッシュが、少しずつ霞んでいく。気がつけば、私の頭痛は治まっていて、怠かった身体も軽い。


私は、もうまもなく目を覚ますのだろう。


だけど、最後の最後にリリーの願いを叶え、真面目に実直に生きた、愚かな彼に伝えたかった。



(アッシュ、来世では幸せになってね!)



私の声が、きちんと彼に届いたのかは分からない。

けれど、彼はほんの少し儚げに微笑んで、形の良い唇を動かした。



『        』



彼がなんて言ったのか、分からなかったけど。私の心は、何故だかじんわりと温かくなったのだった。



………………………………


………………



目を覚ますと、私がリアム殿下に消されそうになっていた記憶は、消えずにちゃんと覚えていた。


でも、夢に出てきたあの人の顔と声が思い出せなくて、私はほんの少し寂しく思ったのだった。




* * *



個人的にアッシュ大好き(笑)彼には幸せになってもらいたいです。

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