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聖女なんかじゃありません!  作者: はる乃
本編第二章
23/33

【千年前の真実】



『リリー。リリーは何処から来たんだ?』


『どこかな?分からないわ』


『別にいいだろう、何処からでも』


『そうですよ。ずっと此処に住めばいい。人間は嫌いですが、リリーはいい子ですからね』



緑溢れる草原で笑い合う5人。

リリーと呼ばれる少女と、黒髪の少年が3人。青年が1人。


少女は幸せだった。


此処に流れ着くまでのことは、何も覚えていないけれど。優しい人達に出会い、共に過ごすことが出来て、少女は感謝していた。


願わくは、この幸福がずっとずっと、続きますように。



(嗚呼。神様、ありがとう。彼等に出会えて、私、本当に良かった―――)



………………………………


………………



「どおして……?」



血に染まる、リリーの両手。

周囲には、リリーが殺した魔物と魔族が溢れている。


あんなに幸せだと思っていたのに。

頭が痛い。ずっと靄がかかっているみたい。


大好きな彼等が、私に隠れて人間を殺していたなんて。殺戮の限りを尽くしていただなんて、信じられない。でも、私は確かに見たのだ。


彼等が、無抵抗の人間達を殺すところを―――



『可哀想に。君はずっと、奴等に騙されていたんだよ』



そう囁かれて振り向くと、ソコには白銀の髪に空色の瞳をした男が立っていた。



『……誰?』



リリーの問い掛けに、男は頬を朱に染めながら、にっこりと微笑んだ。愛しい人が、やっと自分に振り向いてくれたと言わんばかりに。



『私はジュレード王国の王太子、アッシュ・ジュレード。私と一緒に、奴等を……魔族共を倒そう。そして、この悲しい戦を終わらせるんだ』


『魔族を、倒す……戦を、終わらせる……』


『大丈夫。君のことは、私が守るから。私はね、ずっとずっと君を見ていたんだよ』


『私を?』


『そうだよ。ずっとずっと君だけを、ね。だから、一緒に行こう』


『―――うん』



頭が痛いのが治らない。

ただ、この男が時々誰かと重なる。この男の瞳と同じように、誰かにずっと見つめられていた。

熱を孕んだ瞳。


そんな瞳をしていたのは、誰だった?

分からない。思い出せない。頭に靄がかかって、全然何も。


だけど、ひとつだけ決めた。


あの人達を倒さなければならないと言うのなら、その役目は私が貰う。

他の人には絶対に譲ってあげない。


私が、全部全部、私が終わらせてやるんだ。



………………………………


………………



ジュレード王国の王城にて。

リリーを城へ連れてきた王太子アッシュ・ジュレードは、リリーを別室に待たせて、実父である国王に今回の件を報告していた。



『陛下、只今戻りました』


『うむ。……して、首尾の程は?』



国王がそう訊くと、アッシュは満面の笑みで答えた。



『陛下の仰られた通りに!魔族達は自分達の非道がリリーにバレて、慌てて逃げて行きましたよ!彼女も、やっと私を見てくれた!!陛下、戦が終わりましたら、私は彼女を妃に迎えたい!!』


『そうか。よくやったぞ、アッシュ。これで永き戦に終止符を打てよう。あの娘は聖女として扱う。妃にしても何の問題もない。好きにするがいい』


『はっ!有り難き幸せにございます!!』


『ああ。もう下がって良いぞ』


『はっ!御前を失礼致します!』



国王に許可を貰い、アッシュは歓喜にうち震えながら謁見の間を出ていく。今回の件の始まりと、退いていく魔王達を思い出し、今にも笑いだしそうになるのを必死に抑えて。



『やはり父上は素晴らしい。私が何度説得に赴いても、魔族達に心を奪われ過ぎていたリリーは、頑なに私の言葉を聞き入れてはくれなかったが』



―――それならば、お前の力で記憶を書き換えてしまえばいい。


なあに、お前は魔族に騙されている少女を救うだけだ。何も悪い事ではない。ただ、救うのだから、その少女にもほんの少しだけ手伝って貰おう。あれだけの魔力の持ち主だ。彼女は聖女にだってなれるだろう。


……実に栄誉な事ではないか。



『そうだ、私は正しい事をしたのだ。彼女は聖女として、人々にも受け入れられる。そして……私の、妃に。早く早く、戦を終わらせなければ!』



アッシュの言葉は誰に聞かれることもなく、空気に溶け込むように消えていく。

正義感が強く、純粋過ぎた彼には、腹黒い国王の企みになど、微塵にも気付かない。その時のリリーが自らの意志で魔族達と居た事にも、その結果、魔族達が悪戯に人間達を殺す事も無くなっていっていたという事にも、全く気付かずに。


魔族は絶対悪だと、幼少期より教えられ続けていた彼には最初から無理であったのだ。


アッシュは思い馳せて、口元を嬉しそうに綻ばせた。戦の終わりに、幸せになる自分とリリーを思い描いて。

国民達もきっと祝福してくれる。

戦を終わらせ、魔物や魔族が居なくなれば、自分は英雄に、彼女は聖女になるのだから―――



………………………………


………………



『どうしてリリーが……』



助かった魔族達が新しく拠点とした場所で、魔王は額に手を当てながら、絞り出すような悲痛な声で呟いた。側に控えていたリーシェが、『恐れながら魔王様』と進言する。



『リーシェ、何か心当たりがあるのか?』


『はっ。リリーの額に、一瞬ですが魔法陣の痕跡を見ました。……恐らく記憶を弄られ、書き換えられている可能性が高いと思われ……』



思われます、と言おうとしたが、リーシェはそれ以上何も言えなかった。魔王から発せられた殺気と黒い魔力が、あまりに恐ろしくて。



『そうか。……安心した。リリーが自らの意志で俺達を裏切ったわけではないのだな』


『……恐らく』


『ならば後は簡単だ。こんな巫山戯たことを仕出かしてくれた人間共を皆殺しにして、リリーを連れ戻し、記憶を修正する』


『『はっ!!』』



リーシェ、カラトス、アダマインが魔王の言葉に応えた。この時の彼等はまだ知らない。これから自分達が逆に追い詰められ、君主たる魔王が封印されてしまう事になるなんて。

彼等の誤算はリリーの規格外過ぎる魔力量とその威力。


彼等は知らなかったのだ。

最初から全て仕組まれていた事に。

記憶を無くした彼女が、偶々魔族の里に流れ着くなんて、そんなことがある筈ないと。


国王は長年、魔族達の弱点を探し続け、ある結論に至った。弱点は作ればいいと。彼等が仲間意識の高い種族であると分かっていたから。


魔力量とその威力が規格外のリリーを、生物兵器としても、人質としても使おうと。


そうして、国王の企みはまんまと上手くいってしまう。

しかし、国王達に踊らされ続けた憐れなリリーは、最期にいくつか、小さな抵抗を残したのだ。



自分の心と身体は、誰にも渡さない。

魔王の魂も、誰にも渡さない。


自分の魔力が尽きる頃、封印した魔王の力も尽きるだろう。

そうして、彼の魂と共に逝く。


もう誰にも、私達を好きにはさせない。



例え記憶を書き換えられていても、彼女は、リリーは魔王を愛していたのだ。




* * *



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