【魔王復活記念祭②】
ジュレード王国・王宮。
王子所有の庭園にあるガゼボにて。
第二王子であるリアムが花にとっての爆弾発言をした後、突然ズシンと地面が揺れる激震が走った。
「ちょっ……地震?!」
前世で地震大国日本に生まれ育ったが故に、花の行動は素早かった。瞬時にテーブルの下へ移動して、じっと辺りの様子を窺う。そんな素早すぎる花の行動に少し何か言いたげだったが、他の3人はゆっくりと立ち上がって神経を研ぎ澄ませた。
そうして、じとりと冷や汗が頬を伝う。本来であれば、こんな所で感じる筈のない魔力の動きを感じ取ったからだ。
「殿下、すぐにハナ様を連れて避難を。禍々しい気配がこちらへと向かっております」
「ああ。信じられない事だが、この感じはまずいな。リアム、至急ロロの元へ向かい魔術師団へ出陣要請を。恐らく気付いてないだろうからな」
「確か今日は、新型魔術の研究披露会で魔術師達は訓練用重結界の中でしたね。成程。情報ダダ漏れの件も合わせて調査しよう。兄さん、気を付けて」
そう言ってリアムは懐に忍ばせていたキラキラ輝くビー玉のようなものを取り出し、掌に少し力を込めてパキッと割ると、その場から煙のように消えてしまった。花は驚いて、今の今までリアムが居た筈の場所をじっと見つめる。その様子にクラウスが苦笑した。
「転移の宝玉を持ち歩いていたとは……リアムもいよいよロロに感化されてきたな」
「全くです。殿下、とりあえず中へ入っ……?!」
まだ時間に余裕があると思っていた。実際、禍々しい気配達はまだだいぶ離れている。けれど―――
「あは☆王子サマ、みーつけた!本当に銀髪なんだねぇ」
『ソレ』は突然現れた。
パキパキと王宮を護っていた結界の割れる音が響く。
魔王が封印されてからは、永い永い間ずっと姿を見せなかった魔族達。次第に、彼等は力を失い過ぎて滅んでしまったのだろうとまで言われていた。だから黒髪に紅色の瞳なんて、もはや物語の中にしか居ないと思っていた。今日までは。
「俺は知らないけど、この国の王族が千年前に聖女と組んで魔王様を封印したんだってね?だから殺しに来たよ!ずっとずっとずぅっと憧れてた魔王様!!やっとやっと復活してくれたんだあ」
うっとりと瞳を細め、嬉しそうに無邪気に笑みを溢す魔族。彼――ローゼの瞳がクラウスを捉え、口元を禍々しく歪ませた。
クラウス、アーク、花にゾクリとした悪寒が走る。
スラリと帯剣していた剣を鞘から抜き放ち、アークが2人を庇うように前へ出て身構えた。
「お逃げ下さい。これでも騎士団長を任されている身!私が時間を稼ぎます!」
そんなアークを嘲るように一瞥して、ローゼは右手に黒い小さな玉を出現させる。そして、その黒い玉をパッと手から落とした。地面に当たると、ソレは簡単に割れてしまった。
「「?!」」
割れた瞬間に辺り一帯を黒い霧が包み込み、気付いた時には、王宮の庭園は魔物の群れで埋め尽くされていた。
* * *
「そういえば、まだ名乗ってなかったね。誰に殺されるか位、知っときたいでしょ?俺の名はローゼ」
ローゼが名を名乗ると、クラウスがガゼボから一歩前に出て、ローゼに対し口を開いた。
「私は第一王子のクラウスだ。ローゼ、ひとつ訊きたいことがある」
「……何?」
「貴様は先程、魔王が復活したと言ったな?それは本当か?」
クラウスの問いに、ローゼは少しの苛立ちを感じつつも、「本当だよ」と答えた。
「そうだ!君達にもこの祭りを祝わせてあげようか?魔王様への貢ぎ物は君達の首とか!どう?名案じゃない?」
ローゼが、とても良いことを思い付いたと言わんばかりの表情で首を傾げる。それが合図だったのかは分からないが、ローゼが話終えた後、周囲にいた魔物の大群が一斉に襲いかかってきた。
「重結界!!」
クラウスが両手を前に突き出してそう叫ぶと、重なりあった二重の結界が3人を護るように展開された。魔物達の攻撃はすんでのところで結界に阻まれ、3人は怪我を負わずに済んだ。けれど、それも一時的なものだとすぐに思い知る。一匹二匹ではない、大量の魔物が襲いかかってきているのだ。むしろ一時的にでも防げた事が奇跡だろう。アークは自身に鎧結界の魔法をかけ、クラウスの張った重結界から出て魔物を次々と斬り倒していく。
アークは強い。
まだたった26歳で、王国騎士団長に任命される位には。剣の一振りで数匹の魔物を同時に仕留められる程。だが、それでも流石に多勢に無勢過ぎた。
そんな中、ずっと見ているだけだった花が、ゆらりと立ち上がってガゼボから出てきたのだ。
「ハナ様!?ここは危険です!早くお逃げ下さいっ!!」
押し寄せる魔物の大群。
初めて見るソレは、何故か見覚えがあって。きっと花の身体に残る、リリーの記憶だろう。
アークが敵を倒しながら必死に花へ声をかけ、次いでクラウスが、避難する為にハナへと手を差し出した。
「ハナ!早くこっちへ!もうすぐロロ達がやって来るから、魔物は魔術師団と騎士団に任せて、ハナは早く避難を!!」
花の周囲に膨れ上がった魔力が渦を巻く。
「必要ないわ」
花がそう答えた途端、花の身体が光を纏い、ふわりと宙に浮いた。
アークやクラウスが驚愕の表情で言葉を失った。花は虹色の魔力を迸らせながら、自身の身体に深く刻まれている言葉を口にした。
それはまるで―――
『 』
それはきっと短い【歌】だった。声にならない声で放たれたソレは、人間には決して聞き取ることの出来ないモノ。
そうして花の膨大な魔力が、魔物達へ向けて一気に解き放たれる。
花にとっての悪いものに。
「「ギャアアア」」
幾重にも重なる魔物達の断末魔。
虹色の魔力に包まれた瞬間、魔物達の身体が砂のように崩れて消えていく。
もはや魔物達は3人へ近付くことも出来ず、ただただ消されていくだけだった。虹色の魔力は庭園を越え、王都中を駆け巡り、町中で暴れていた魔物達も一掃されたのだった。
―――魔族達を除いて。
* * *