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聖女なんかじゃありません!  作者: はる乃
本編第二章
16/33

【魔力の飴玉】



天蓋付きのベッドで、再び眠りについた花。アークやクラウス達は、花が眠ってすぐに部屋から退室した。今後の事を話し合う為に。


侍女のマリーもティーセットを片付けた後、ベッドの脇にあるサイドテーブルにベルを置いて部屋を後にした。置いていったベルには魔法がかかっており、鳴らせば何処に居ても聞こえるようになっているのだ。



花が眠ってから数刻の時間が過ぎ、あっという間に辺りは真っ暗になった。もうまもなく日付けが変わるという頃、バルコニーに黒装束の男が舞い降りる。男は慣れた手付きで施錠を解除し、窓を開けて中へと入る。そうして、眠っている花へと近付いた。



「あの後、一度目覚めたと聞いたが。やはり魔力切れが深刻なようだ」



そう言って男は、目元近くまで覆っていた布を顎まで下げて、寝ている花に顔を近付ける。

フードの隙間から、男の藍色の髪がサラリと溢れて、花の頬を擽った。



「……ん」



口からじんわりと、温かい何かが身体中に染み渡っていく。微かに香る甘い匂いに、懐かしくて幸せな気持ちになった。


唇に触れていたものが離れていくのを名残惜しく感じて……

花がゆっくりと瞼を持ち上げて瞳を開くと、そこには最近一度だけ逢ったワインレッドの瞳の、全身黒装束の男が居た。


先程まで下げていた顔の布は元の位置まで戻っていて、花が男を認識した時には、前と同じで目元以外は隠されていた。


ゆっくりと上体を起こし、花が口を開く。



「貴方……また来たのね」


「相変わらず、大きな目玉だな。魔力が満ちたからか、顔色が良くなった」


「え?あれ?そういえば、私……起き上がれてる……なんで?」


「魔力が満ちたからだ。お前にコレをやる」


「なあに?……綺麗」



男から渡されたのは、虹色の飴玉が10個程詰まった瓶。それを見て自然と感想を述べた後、花はハッと何かに気付いて顔を上げる。



「この前は胸を貸してくれてありがとう!でも知らない人から飴玉貰っちゃ駄目だと思うんだけど……」


「ああ、気にするな。それに、一度逢っているのだから知らない人ではないだろう」


「いや、でもさ。……窓から入ってくる人は普通怪しい人だよね?」


「まぁ、そうだな」


「ちなみに今夜も窓から?」


「ああ」


「…………」



明らかに怪しい人だ。

けれど、悪い人とは思えないし、この飴玉も綺麗で素直に嬉しい。

けれど―――



「……怪しい云々は置いておくにしても、悪いから貰えないよ」


「いいのか?魔力入りの飴玉だぞ」



男の言葉に、花は驚いて目を見開いた。驚き過ぎて男と飴玉を交互に見て、魚のように口をぱくぱくしてしまう。そしてやっと合点がいった。何故自分が、急に動けるようになったのか。



「あ、ちょっと待って!だから私、動けるようになったってこと?貴方が寝てる私にコレを食べさせてくれたんだ!」


「……寝ている者に飴玉をやるのは危ないと思うが」


「だね!喉に詰まらなくて良かった~!」


「…………そうだな」


「というか、この飴玉って貴方が作ったの?」


「ああ」


「凄い!こんな綺麗な飴玉作れるなんて……職人さん?」


「…………もう行く」


「え!あ、ちょっと!」


「……っ!」



立ち上がろうとする男の黒装束の裾を、花がキュッと掴む。男はそんな花の行動に目をぱちくりさせている。花自身も思わず取ってしまった自分の行動に驚きつつ、そのまま身を乗り出すようにベッドに両膝をついた。



「私の名前は花。貴方は私の、命の恩人ね!本当にありがとう!良ければ、貴方の名前を教えてくれる?」


「……教えてもいいが、そうすると俺はこの国に居られなくなる」


「え……あ、そっか。別に私、貴方のことを告げ口なんてしないよ?」


「お前にその気がなくとも、魔法でどうとでもなる」


「そ、それなら……あだ名でも何でもいいから」


「…………」



黒装束の男はしばし思考を巡らせてから、花に視線を合わせた。布越しに聞こえる低い声音が、花の胸を高鳴らせる。



「セナ。俺のことはセナと呼べ」


「セナ……?教えてくれてありがとう、セナさん!」


「……呼び捨てでいい。飴玉が無くなった頃にまた来る」


「え。飴玉がある内は、来てくれないの?」


「…………」


「いや、あの、無理なら仕方ないんだけど。セナには最初に腹の内を見せちゃったせいか、何となく落ち着くというか……」



「駄目かな?」と、困ったように笑う花に、セナは綺麗なワインレッドの瞳を細めた。布越しでハッキリとは分からないが、その口元は微笑んでいるように見えた。



「分かった。頻繁には無理だが、時間を見つけてまた来る」


「本当に?!嬉しい!ありがとう、セナ!」


「ああ。またな、ハナ」



初めてセナに名前を呼んで貰えて、嬉しくて口元が綻んだ。昼間も確かに呼んで貰った名前の筈なのに、呼ぶ人が違うだけで、こんなにも変わるものなのだろうか?


侵入者らしく、セナは足音立てずに足早に部屋から去っていった。去り際にチラリと見えた、一房の長い髪。月明かりに照らされたソレは、艶やかな藍色で、夜に現れる彼にぴったりだと思った。



「瞳が金色なら、完全に夜みたいな人だよね」



ふふっと笑みを零しつつ、セナに貰った虹色の飴玉に視線を落とす。

瓶の蓋を開けてみると、甘い匂いがして、彼から香った匂いと同じ匂いだなと気付く。きっと飴玉を作った際に、匂いが彼に移ったのだろう。



昼間逢ったアークやクラウス達は、いい人達だと思った。けれど、それはきっと私が聖女の見た目をしているからで、一緒に居ても安心感は無かった。



「これからお互いを知っていけば、それも変わるんだろうけど……」



セナは見るからに怪しい人で、顔は隠しているし、窓から入ってくるけれど。取り乱して、泣いて縋る私を、彼は抱き締めてくれた。最初にどこか痛いのかと心配してくれた以外、何も聞かなかった。



「きっと、セナは優しい人ね。でなきゃ泣いてる時に胸を貸したり、私の為に飴玉作ったりしてくれる訳ないもの」



花は飴玉の入った瓶をサイドテーブルに置いて、心地好い眠気に身を委ねて眠りについた。魔力切れのせいではなく、普通の眠りにつけた花は、翌朝気持ちよく目が覚めるだろう。


突然の魔力回復に皆が驚き、慌てふためくことになるが、今の花には知る由もない。




* * *



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