【魔力の飴玉】
天蓋付きのベッドで、再び眠りについた花。アークやクラウス達は、花が眠ってすぐに部屋から退室した。今後の事を話し合う為に。
侍女のマリーもティーセットを片付けた後、ベッドの脇にあるサイドテーブルにベルを置いて部屋を後にした。置いていったベルには魔法がかかっており、鳴らせば何処に居ても聞こえるようになっているのだ。
花が眠ってから数刻の時間が過ぎ、あっという間に辺りは真っ暗になった。もうまもなく日付けが変わるという頃、バルコニーに黒装束の男が舞い降りる。男は慣れた手付きで施錠を解除し、窓を開けて中へと入る。そうして、眠っている花へと近付いた。
「あの後、一度目覚めたと聞いたが。やはり魔力切れが深刻なようだ」
そう言って男は、目元近くまで覆っていた布を顎まで下げて、寝ている花に顔を近付ける。
フードの隙間から、男の藍色の髪がサラリと溢れて、花の頬を擽った。
「……ん」
口からじんわりと、温かい何かが身体中に染み渡っていく。微かに香る甘い匂いに、懐かしくて幸せな気持ちになった。
唇に触れていたものが離れていくのを名残惜しく感じて……
花がゆっくりと瞼を持ち上げて瞳を開くと、そこには最近一度だけ逢ったワインレッドの瞳の、全身黒装束の男が居た。
先程まで下げていた顔の布は元の位置まで戻っていて、花が男を認識した時には、前と同じで目元以外は隠されていた。
ゆっくりと上体を起こし、花が口を開く。
「貴方……また来たのね」
「相変わらず、大きな目玉だな。魔力が満ちたからか、顔色が良くなった」
「え?あれ?そういえば、私……起き上がれてる……なんで?」
「魔力が満ちたからだ。お前にコレをやる」
「なあに?……綺麗」
男から渡されたのは、虹色の飴玉が10個程詰まった瓶。それを見て自然と感想を述べた後、花はハッと何かに気付いて顔を上げる。
「この前は胸を貸してくれてありがとう!でも知らない人から飴玉貰っちゃ駄目だと思うんだけど……」
「ああ、気にするな。それに、一度逢っているのだから知らない人ではないだろう」
「いや、でもさ。……窓から入ってくる人は普通怪しい人だよね?」
「まぁ、そうだな」
「ちなみに今夜も窓から?」
「ああ」
「…………」
明らかに怪しい人だ。
けれど、悪い人とは思えないし、この飴玉も綺麗で素直に嬉しい。
けれど―――
「……怪しい云々は置いておくにしても、悪いから貰えないよ」
「いいのか?魔力入りの飴玉だぞ」
男の言葉に、花は驚いて目を見開いた。驚き過ぎて男と飴玉を交互に見て、魚のように口をぱくぱくしてしまう。そしてやっと合点がいった。何故自分が、急に動けるようになったのか。
「あ、ちょっと待って!だから私、動けるようになったってこと?貴方が寝てる私にコレを食べさせてくれたんだ!」
「……寝ている者に飴玉をやるのは危ないと思うが」
「だね!喉に詰まらなくて良かった~!」
「…………そうだな」
「というか、この飴玉って貴方が作ったの?」
「ああ」
「凄い!こんな綺麗な飴玉作れるなんて……職人さん?」
「…………もう行く」
「え!あ、ちょっと!」
「……っ!」
立ち上がろうとする男の黒装束の裾を、花がキュッと掴む。男はそんな花の行動に目をぱちくりさせている。花自身も思わず取ってしまった自分の行動に驚きつつ、そのまま身を乗り出すようにベッドに両膝をついた。
「私の名前は花。貴方は私の、命の恩人ね!本当にありがとう!良ければ、貴方の名前を教えてくれる?」
「……教えてもいいが、そうすると俺はこの国に居られなくなる」
「え……あ、そっか。別に私、貴方のことを告げ口なんてしないよ?」
「お前にその気がなくとも、魔法でどうとでもなる」
「そ、それなら……あだ名でも何でもいいから」
「…………」
黒装束の男はしばし思考を巡らせてから、花に視線を合わせた。布越しに聞こえる低い声音が、花の胸を高鳴らせる。
「セナ。俺のことはセナと呼べ」
「セナ……?教えてくれてありがとう、セナさん!」
「……呼び捨てでいい。飴玉が無くなった頃にまた来る」
「え。飴玉がある内は、来てくれないの?」
「…………」
「いや、あの、無理なら仕方ないんだけど。セナには最初に腹の内を見せちゃったせいか、何となく落ち着くというか……」
「駄目かな?」と、困ったように笑う花に、セナは綺麗なワインレッドの瞳を細めた。布越しでハッキリとは分からないが、その口元は微笑んでいるように見えた。
「分かった。頻繁には無理だが、時間を見つけてまた来る」
「本当に?!嬉しい!ありがとう、セナ!」
「ああ。またな、ハナ」
初めてセナに名前を呼んで貰えて、嬉しくて口元が綻んだ。昼間も確かに呼んで貰った名前の筈なのに、呼ぶ人が違うだけで、こんなにも変わるものなのだろうか?
侵入者らしく、セナは足音立てずに足早に部屋から去っていった。去り際にチラリと見えた、一房の長い髪。月明かりに照らされたソレは、艶やかな藍色で、夜に現れる彼にぴったりだと思った。
「瞳が金色なら、完全に夜みたいな人だよね」
ふふっと笑みを零しつつ、セナに貰った虹色の飴玉に視線を落とす。
瓶の蓋を開けてみると、甘い匂いがして、彼から香った匂いと同じ匂いだなと気付く。きっと飴玉を作った際に、匂いが彼に移ったのだろう。
昼間逢ったアークやクラウス達は、いい人達だと思った。けれど、それはきっと私が聖女の見た目をしているからで、一緒に居ても安心感は無かった。
「これからお互いを知っていけば、それも変わるんだろうけど……」
セナは見るからに怪しい人で、顔は隠しているし、窓から入ってくるけれど。取り乱して、泣いて縋る私を、彼は抱き締めてくれた。最初にどこか痛いのかと心配してくれた以外、何も聞かなかった。
「きっと、セナは優しい人ね。でなきゃ泣いてる時に胸を貸したり、私の為に飴玉作ったりしてくれる訳ないもの」
花は飴玉の入った瓶をサイドテーブルに置いて、心地好い眠気に身を委ねて眠りについた。魔力切れのせいではなく、普通の眠りにつけた花は、翌朝気持ちよく目が覚めるだろう。
突然の魔力回復に皆が驚き、慌てふためくことになるが、今の花には知る由もない。
* * *