【甘い眼差しとイケボ耐性はゼロである】
侍女のマリーが人数分のお茶を淹れて、テーブルに焼き菓子の載ったそお皿を置き、静かに部屋の端へと下がる。
しかし、誰もそれらに手をつけようとしない。その中で唯一佳乃だけは、手をつけたくても手が届かないだけなのだが。
「……外から魔力を取り込めるだと?聖女殿、それは本当か?」
「今の状況で嘘なんかついて意味あります?本当ですよ。ただ、口からしか取り込めないんですけどね」
「口から……」
「はい。だから、その、魔力を練り込んだ食べ物か、もしくは飲み物をお願いしたいんですけど……」
そこまで話して、佳乃は違和感を覚えた。解決策を答えているのに、四人の深刻な表情が全く変わらないからだ。
「あの、何か問題でも……?」と佳乃が堪らずに問い掛けると、ロロエルが答えてくれた。
「今すぐに、というのは無理だ。何故ならば、その方法を知らないから」
「方法を……知らない?」
「そうだ。千年前にはその方法が確立されていたのかもしれないが、永い時の中で廃れていってしまったのだろう。魔王が封印されてからは、平和が続いていたからな」
「……っ。じゃあ、私……」
言葉が震え、青褪める佳乃に、ロロエルはこの部屋に入ってから初めて口元を緩めた。
「だが、案ずるな。食べ物へ魔力を練り込む方法は私が何とかしよう。少し時間はかかるかもしれないが」
「しかし、ロロ……。それでは間に合わないのではないですか?」
「大丈夫。殿下、彼女は口から魔力を取り込めると言った。だから魔力の練り込まれた食べ物か飲み物が出来るまで、誰かから直接取り込んで貰えばいい」
「ちょく……」
「せつ……」
「……っ!!」
佳乃の顔がみるみる真っ赤に染まった。ロロエルの言っている意味が、理解出来てしまったからだ。そうしてそれは、他のメンバーも同じで。
アークはほんのりと目元を朱に染め、クラウスは何故か爛々と瞳を輝かせている。ルイは表情を変えずに「なるほど」と頷いているが。方法を提示したロロエルの表情は読めない。
「待って待って!これはアレ、アレよ!えっと……そのっ」
慌てる佳乃を前に、ロロエルは「どうかしたのか?」と至って普通に訊いてくる。
「い、いやいやいや!!どうしたもこうしたも!!ええっと……っ」
「とりあえず、解決策は出た。そう言えば、自己紹介もしていなかったな。すまない。俺はジュレード王国王宮魔術師団副団長のロロエル・ウィーンスタットだ。宜しく頼む、聖女殿」
「え?あ、はい。ご丁寧にどうも……」
そう佳乃が答えると、アークもスッと前に出てきた。
「聖女様。私も自己紹介させていただいて良いでしょうか?」
「はい。あ、確か……アーク、さん?」
「っ!?ど、どうして……」
「どうしてって……。聞こえたから?です」
「聞こえた?……ああ、先程殿下やロロエルが私の名を呼んでいましたね」
「そうじゃなくて。えっと……クリスタルの、中で」
「……え?」
「クリスタルが割れる少し前に、聞こえたんです。貴方と……ジェレミア?って人の声が」
「「「「!?」」」」
四人が驚いて同時に目を見張った。
「では、貴女は……その時から私の名を、覚えていて下さったのですか?」
「そう、ですけど……」
アークの瞳に、熱が篭る。
甘さを帯びたその眼差しに、佳乃の心臓が早鐘のように高鳴り始めた。
(なななんで?!なんでそんな瞳で私を見るの?!あっ!リリーが美人だからかっ!!で、でも中身違うからっ……!そんな瞳で見つめちゃダメでしょっ?!!)
佳乃が内心パニックになっていると、アークが改めて自己紹介した。
「改めまして、私の名はアーク・ハワード。若輩ながら、騎士団長を務めております。聖女様、お許しいただけるならば、聖女様の名を教えて下さいませんか?」
アークが甘さを含んだ声音で、佳乃に名を訊いてきた。
断言しよう。
確かに佳乃にはイケメン耐性が備わっている。けれど、イケボへの耐性は皆無である。
異世界補正なのかイケメン補正なのか分からないが、彼等は皆イケボで、甘さを含まれると破壊力は凄まじく、佳乃はその事実を今初めて実感したのだった。
(というか、如何に耐性があったとしても、その目はダメでしょっ!!)
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