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「どういうこっちゃ。下に付く? なんの話をしているんだ」
「もっと詳しく言うとね。今日ここで殺されるか、私の命令に従うことで生き長らえるか、選ばしてあげるってことよ」
「……ますます意味がわからん」
雫は一旦落ち着くためにコーヒーを一口飲んだ。横に立っていたネスが「おかわりいる?」と聞いてきたので雫は無言でティーカップを差し出した。
「まだわからない? じゃあもっとハッキリと言いましょうか。殺されて無茶苦茶に解剖されるのと、モルモットとしてでもこれからも生き続けるの、どちらがいいかしら」
「……やっと理解できたわ。クソッたれ」
つまり目の前にいるこの女性は雫に対して今この場で殺されるのと、実験動物になってでも生きられることのどちらがいいかと聞いているのだ。まさに究極の二択であった。
「好きな方を選びなさい。どちらでも私は構わないわよ」
ユノは涼しい顔で紅茶を啜る。飲み干したのか、横に置いてあった二杯目に手を伸ばす。
「……それ以外の選択肢は?」
「あるわけないでしょ。イエスかノーかで聞いてんのに」
「……アンタの下に付いた場合、オレは何をされる? もう元の世界には帰れないのか?」
雫は諦めたような表情でユノを見る。なんにせよ、もう答えは決まっているようなものだった。
「いいえ。元の世界に返してあげるわ。今まで通りの生活を送りなさい。それにクロックナンバーからも命を狙われることもなくなる」
「やっぱり関係者なんじゃないか……! って、え?」
雫は驚いた。てっきりどこかに監禁、良くて軟禁状態にされると考えていたからだ。まさか元通りの生活に戻れるとは。それに、命を狙われることも無くなる。良い事しかなかった。
だが雫はその考えを振り払った。この女はさっきなんていった? モルモットとまで言ったのだ。この話がこれで終わるはずが無いと考えた。
「……で、これからの生活で変わることは?」
あえてデメリットは、という聞き方はしなかった。
「そうねぇ。……この神霊世界のために戦ってもらうことくらいかしら?」
「……戦い?」
今、戦いが無くなるという話をされたのに、どうしてまた同じ言葉が聞こえたのだろうか。
「何とだよ。クロックナンバーとはもう戦わなくていいんだろ? それ以外の何と────」
「黒川雫。あなたには私直轄の、政府軍と同じ扱いになってもらうわ」
「……政府軍? はぁ?」
「ようは軍人になれって言ってんのよ。あなた達に」
「軍人って……。……てか今あなた『達』って言わなかったか?」
ユノは立ち上がると両手を腰に当て、ニヤリと笑った。
「そうよ。あなたのお友達含めてね。……ああ、『あえて』連れてこなかったけど大佐橋美智とマーベル・アナキズムもね」
「はぁ!? ふざけんな! オレだけでいいだろうがッ!」
雫も立ち上がり吠えるようにそう叫んだ。
「そうはいかないわ。……あなたもわかってるでしょう? 一度でも衡神力を得たニンゲンはもう元の普通のニンゲンには戻れない。一生、半精霊として生きていくしかない」
「……だから? 今まではアイツらも普通に暮らせてた。問題は無かったさ」
「いいえ。アルノ────、ニンゲンに衡神力を与えることは神霊世界では重罪よ。与えた方も、与えられた方も死刑は当然免れないレベルのね」
「……それはお前ら精霊の法律だろ。オレら人間は関係ない」
「本当にただのニンゲンだったらね。でもあなたは……、いえ、あなた達は違うでしょ?」
「違うもクソもあるか! こっちはいきなり命狙われてるんだぞ! ああしなかったら殺されてた!」
「でもお友達を巻き込む必要は無かったわよね?」
「それは……!」
雫は返答に詰まった。当時の自分もなにも知らなかったとはいえあの三人を巻き込んだのは自分だった。正直、あの三人の協力が無かったら、雫は一度目の精霊襲撃の際に間違いなく死んでいた。
「いい加減に諦めなさい。あの三人の罰則を無かったことにしてあげる代わりに軍人として働いてもらうって言ってるのよ。決して悪い話じゃないでしょう?」
そこで雫は何かに気付いたようにハッとした。
「……いや違うな。アンタはそのよくわからん法律を盾にしてあの三人をモルモットにしたいだけなんだろ」
「……さあ? なんのことかしら?」
「とぼけんなよ……!」
「それに、三人じゃなくて四人よ」
「だから! ソフィアさんは本当に関係ない一般人なんだってば! 衡神力も持ってない!」
するとユノはデスクの上に置いてあった用紙を再び手に取った。
「まあ確かに衡神力は限りなくゼロに近い数値なんだけどね。……その代わり神機適合係数がバカみたいに高いのよ。……気になるでしょう?」
「神機適合係数が……? な、なんで……」
「私が聞きたいわよ。そんなケース聞いたことないから……ねぇ?」
ユノはニヤリと笑いながら雫を見た。
「……」
つまりユノは妙な素質を持っているソフィアをも実験体にしたいと言っているのである。雫は静かにユノを睨みつける。
「……アンタの下で働くとして、何をすればいい? 軍人ってことはまた戦わなきゃならんようなことになるんだろ?」
「……ま、その話は後日にしましょう。今日はもう帰っていいわよ。あなたもお友達にこの話をしなきゃいけないでしょうし」
「おい!」
ユノは突然都合が悪くなったかのように話を切り上げた。納得できない雫は詰め寄ろうとするが、直前で思いとどまる。
「……家まで送ってくれるんだろうな?」
「私に任せて!」
今の今まで黙っていたネスが自信満々で名乗り出た。
「私が安全に元の世界まで送ってあげるから!」
「……元の世界って言っても、宇宙のどっかの星とかは止めてくれよ」
雫の冗談は誰にも反応されることはなかった。