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前略 元気にしてますか?
早いもので三太さんが捕まってから2年が過ぎました。幸恵はおじいちゃん子で父と毎日遊んでいます。
父も幸恵がよほど可愛いのか孫は目に入れても痛くないと言っています。
幸恵も1歳5ヶ月になり、言葉を少しづつ喋っています。
体調も悪いです。お医者さんは貧血としか教えてくれませんがすごい数の薬を飲んでいます。体調が良くなり仕事が出来るようになったら仕事もしようと思っています。
それに明日から病院に入院です。病気を早く治したいと思い治療に専念します。
私もいつまでも両親に面倒ばかりかかけているのではいけないと思っています。
社会は景気が悪くなっています。三太さんが社会復帰する頃までには良くなってるとは思いますが若い人達も仕事が無くて困っている状況です。どうか社会復帰したら娘の為にも真面目に仕事してください。
刑務所に入り、一番大変なのは三太さんですが社会も大変です。そのことを頭に入れて一日でも早く社会復帰してください。
平成7年2月3日 石川理恵
ゆっくり風呂に入る事など15年ぶりだ。
夏場週3回、冬場週2回。一回の入浴が15分、これが刑務所の風呂だ。
もちろん犯罪を犯しているのだから罰せられても仕方が無い。しかしこの不衛生な環境で服役者は半数はインキンと水虫に悩む。出所前日は風呂に入れるが銭湯のような公共の広いキレイな風呂に入るのは15年ぶりだ。
「兄貴、着きました。刺青が大丈夫な銭湯はあんまりないんで狭いですけど我慢してください。ここはサウナもありますし自分もたまにここ来るんですよ」
銭湯はどこにでも有る町風呂だ。刺青が入っているのでスーパー銭湯はいけないが小さな町風呂なら刺青が入っていてもあまりうるさくない。
「おばちゃん二人ね、後で金払うから付けておいて」
健二は顔なじみなのだろう。そう言うと裸になり始めた。作業着を脱ぐと土木作業員には似合わない背中に龍の刺青が入っていた。
三太も服を脱ぎ裸になると背中には不動明王、腕には唐獅子と見事な刺青が入っていた。
昼間なので他の客は誰もいない。三太と健二だけが銭湯にいるのだ。2人は体を洗い湯船に浸かる。
「あー気持ちが良い。やっぱシャバの風呂だな」
三太はそう言うと湯船で体を伸ばした。
「兄貴とこうして風呂入るのんか20年ぶりくらいですか?」
「・・・何年ぶりかな?でもそのくらいなるんじゃねぇか?・・・いろいろ悪いな」
「何言ってるんですか神谷一家にいたときは兄貴には迷惑ばっかりかけたんで少しでも恩返をしないと。・・・数日前に兄貴からシャバに出るからしばらく住まわせてくれって手紙来た時は腰抜かしましたよ」
健二は笑いながら言った。
「いやなオレ身元保証人いないだろ。親はいないし、ヤクザはやめたし石丸や成田なんかに手紙は書けないだろ。満期前になればそういう手紙出せるんだ。何人か書いたんだけど来てくれたのは健二だけだったよ」
「いや兄貴には迷惑をかけっぱなしだったんで、育美との時だって親分に頭下げてくれたの兄貴じゃないですか。向こうの方にも非があるから破門はしょうがないけど指詰めさせるのは勘弁してくれ、これからカタギになるのにカタギの仕事が出来なくなるていって・・・親分のスポンサーの息子半殺しじゃ破門は当たり前ですよ。でも兄貴のおかげで指は有るし今でもこの町で生活してるし・・・育美とは一緒になれたし。今の自分があるのも兄貴のおかげですよ」
「何を言ってんだ。親分の金主の息子に手をかける馬鹿がいるか」
三太は照れ笑いした。
「でも結果的にあそこでカタギになってよかったんですよ。ヤクザを続けてれば今の幸せはないんです」
確かに本当の幸せとはヤクザを続けていればつかめる物ではない。
「それと明日から自分は仕事なんで他に行きたいところありますか?」
「・・・行きたいところか・・・考えておくよ」
久しぶりの風呂だ。三太はすっかりのぼせてしまった。
「おいオレ先に上がるぞ。のぼせちまったみたいだ」
そう言うと三太は風呂を出た。
三太は汗を拭き、脱衣所の椅子に腰をかけた。
「お兄さん、何か飲むのかい」
刺青にも全く驚かない番頭の婆が言った。
三太は牛乳を取るとそれを飲んだ。風呂上りの牛乳は驚くほどに美味かった。
シャバなら特に珍しくも無い風呂上りの牛乳が15年ぶりとなると話は別だ。とにかく物凄く美味かった。
「いや兄貴、早いですよ。銭湯なのに30分くらいで出るんだったら家の風呂と変わんないじゃないですか」
健二はそう言うと体が濡れたまま洗面道具を持って風呂から出てきた。
「もっとゆっくり入っていいんだぞ。俺は刑務所出たばっかりだからのぼせてあがっただけだから」
「そう言ったて兄貴を待たせるわけには行きませんよ」
「何言ってんだよ。もうヤクザじゃねぇんだ。それに俺は好きで早く出たんだ気にしねぇでくれよ」
「いいですよ、自分ももうあがりますので」
そう言うと健二はバスタオルで体を拭きだした。
三太は何か考え込んでいた。
「あのよ。健二、行きたいところあるんだけどな・・・」
三太はつぶやいた。
「どこですか?」
健二は訪ねた。
「娘の顔が見たいんだ、理恵の実家に連れて行ってくれねぇか?」
「・・・兄貴、気持ちは分からない訳じゃないですが、それはやめた方がいいですよ。」
「・・・・・・」
三太は黙り込んだ。
「年頃の女の子が15年ぶりに私が父親だって会いに行ったところでショック受けるだけですよ。理恵ねえさんの親が兄貴のこと言ってたらどうします?はたから見れば兄貴は殺人で服役していたヤクザなんですよ。言い方は悪いですが娘だって会いたくないですよ」
健二はハッキリ言った。
「・・・頼むよ。娘の顔見るだけでいいんだ」
「・・・兄貴、やめた方がいいですよ」
「頼む。見るだけでいいんだ。娘を見たらもう諦めるからよ」
健二も三太の気持ちが分からない訳じゃなかった。自分の子供だ会いたいに決まっている、しかし子供の為には絶対に会わない方が良い。
しかし、三太の気持ちも分からない訳じゃない。
「・・・分かりました。絶対に見るだけですよ。」
そう言うと健二は着替え始めた。