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新年明けましておめでとうございます。
三太さんは捕まっていて全然おめでたくは無いですが新年のあいさつです。
1月10日に無事、娘が生まれました。3500gの元気な子です。名前ですが幸せに恵まれる様にとの願いから幸恵にしまた。
三太さんが一日でも早く社会復帰して極道をやめてくれるなら南山幸恵です。
私と娘のためにも一日でも早く社会復帰してください。
三太さんはもうお父さんです。いつまでも人に後ろ指をさされるような事はやめてください。
最近からだの調子が悪く貧血を良く起こします。子育てや三太さんの事など悩みが多いせいだと思いますが念のために今度病院でちゃんとした検査をしなければと思っています。
正直、今はとても不安です。幸恵に物心が付いた時、お父さんのことをなんと言えばよいのか?本当に不安ばかりです。
今は経済的にも難しいので実家に帰っています。
父は極道との結婚は認めないと相変わらず三太さんの事はよくは思っていません、最初は妊娠して子供を生むと言ったら物凄く怒られましたがいざ幸恵が生まれると初孫が生まれた事をとても喜んでいます。
お母さんも同じで三太さんの事は良く思っていません。しかし孫が生まれた事はとても喜んでくれました。
三太さん極道と言うだけで世間の人は白い目で見るのです。刑務所を出たら娘の為にも極道をやめて真面目に仕事をしてください。
三太さんも父親に成ったという自覚を持ち、一日でも早く社会復帰出来る様に頑張ってください。
平成6年1月25日 石川理恵
高速を降りると懐かしい風景が広がる。15年経ち建物は大分変わったが記憶の中にはハッキリと残っている景色だ。地元に帰ってきたのだ。
「もうすぐ着くから。豆腐用意して置いてくれよ」
健二は携帯電話を切った。
「女房です。もう10、15分で家に付きますんで」
健二は三太に言った。
「それ携帯電話て言うんだろ。昔はポケベルだからな。今はみんな携帯電話を持ってるんだってな?でもやっぱり故郷に帰ってくると違うな」
三太は数時間前の低い声とは全く違う声で言った。やはり何だかんだ言っても嬉しいのだろう。
「兄貴、もう昼ですよ。朝から何も食ってないんだから腹減ったでしょ。もう少しで家なんで我慢してくださいよ」
「いや腹なんか全然減ってないから気にしないでくれ」
本当に三太は腹が減ってなかった。というよりは体が受け付けないと言った方が正しい。
「シャバに出たら食えないもんですが少しは食ったほうが良いですよ。食わなかったら体に毒ですよ。」
「分かってるんだが食欲は無いな」
「家に着いたら豆腐も買ってあるんで豆腐は食ってくださいよ」
ヤクザは刑務所から出所してくると木綿豆腐を何もつけないで角から食べていく習慣がある。ちゃんとした理由は分からないが角を取るだとか言われている。
「兄貴、着きましたよ。汚い所ですが気にしないで使ってください」
軽トラは古びた一軒家に止まった。
「おーい。帰ったぞ。育美ー!」
健二は大声で叫んだ。
育美とは健二の嫁で、三太も刑務所に行く前は何度も面識がある子だ。元は売れっ子ホステスだった美人だ。
「三太さん。おひたしぶりです。長い間お勤めご苦労様でした。」
育美は深々と三太に頭を下げた。
「おう、育美ちゃんか。相変わらずの美人だな。健二にはもったいないな」
三太は大声で笑った。やはり15年という時間が過ぎたのだろう。お世辞で美人とは言ってみたものの、もうすっかりおばさんで顔こそ分かるものの昔の面影は無かった。
「何を言うんですか。何も無いところですが上がってください。今、ビールと豆腐出しますので」
育美はお世辞に照れているのかはにかんでいた。
「兄貴、その前にしばらく兄貴がいる部屋を教えますので二階に上がってください。二階の右側の部屋です」
三太と健二は二階に上がり。部屋に入った。
部屋には中央に新品の布団と下着数組が置いてあった。
「ここの部屋ですよ。自由に使ってください」
健二は三太に言った。
「しばらくは使わせてもらうぜ。布団と下着まで悪いな」
三太はそう言うと荷物を置いた。
「何を言ってるんですか気にしないでくださいよ。それより豆腐食ってから軽くメシ食って風呂に行きましょう」
「おう、そうだな」
三太と健二は階段を下り、茶の間に向かった。
三太は用意された豆腐を角から食った。
「兄貴、夜はちゃんとすき焼き用意してますんでもう少し我慢してください」
「別にいいよ気なんか使わないでくれ。シャバに出たばっかりでメシなんか大して食えねぇんだから」
「でも豆腐だけじゃ夜まで持ちませんので今は軽くお茶漬けでも食ってください。それともビールでも飲みますか?」
確かに食欲など全然無いが朝から何も食わないのも体に毒だ。お茶漬けなら何とか食えるだろう。
「いいよ。ビールは夜まで我慢する。じゃあ少なめでいいから軽くお茶漬けくれ」
「おーい、育美。お茶漬け2つくれ。ひとつは大盛りでひとつは少なめだ」
育美は言われた通りに梅干入りの茶漬けを2つ持ってきた。
食欲の無い三太でも茶漬けなら何とか食えた。
三太も健二食い終わると何も言わなくても育美は冷たい麦茶を出してくれた。
「育美、これから兄貴と銭湯に行くから風呂の準備2つしてくれ」
「分かりました」
育美はそう言うと2人分の風呂の準備をした。
三太がまだ28歳の頃、健二は23歳で三太の舎弟だった。
育美も23歳と若く。23歳でこの辺の飲み屋じゃ一番の売り上げを誇っていたホステスだった。神谷一家の縄張りだった事もあり、三太と健二は飲みに行くうちに自然に育美と仲良くなった。
次第に健二は育美に惚れていったが育美には交際相手がいた。
交際相手とはこの辺じゃ1番の土建屋の一人息子だった。
その土建屋の社長が神谷一家のスポンサーだった。しかし健二は育美に惚れてしっまた。
健二は悪いと分かっていて何度も育美にチャレンジしては失敗していた。
そのうちに三太の耳にも入り親分のスポンサーの一人息子だから諦めろと言って無理矢理諦めさせた。
数ヶ月もすると育美は土建屋の息子と結婚する為、飲み屋の仕事をやめた。健二も結婚するなら仕方ないと本心で諦めていた。
しかし土建屋の一人息子はあちこちに女がいた。妊娠しているにもかかわらず土建屋の一人息子は女遊びをやめず、育美は妊娠6ヶ月目のとき土建屋の一人息子の暴力で流産してしまった。育美は子供を産めない体になってしまった。
健二はそのことを知ると我慢できなくなり、その晩、いつものように飲み歩いている土建屋の一人息子を車でさらい人けの無い山の中でボコボコにした。
案の定、次の日、土建屋の一人息子は親に泣きつき。親から神谷一家の親分の元に話が行った。
理由はどうあれ親分の怒りをかった健二は神谷一家を破門された。
「出来ましたよ」
育美は笑顔でそう言った。
「おう、悪いな。それじゃあ兄貴、行きましょうか?」
三太と健二はボロの軽トラに乗り込むと銭湯に向かった。




