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前略 元気にしてますか?
来月あたり、娘が生まれます。名前は何と付けようか?娘が生まれてからの生活はどうしようかと悩んでいます。
三太さんの組長さんが来て、当面の生活費だとお金を置いていきましたが極道の汚いお金など貰えませんので受け取りませんでした。
極道の汚いお金で生まれてくる娘を育てていくつもりはありません。
生まれてくる娘の為にも実家に帰ろうと思っています。
弁護士の先生に言われましたが短くても15年は刑務所に行くと言われ。正直どうして良いのか分かりません。
三太さんが刑務所を出る頃は、三太さんは50歳を過ぎ、私も40歳を過ぎ、娘も大きくなっています。娘には絶対に父親が必要です。娘の為にもどうしたらよいのか考えています。このような手紙ですみませんが今の私の正直な気持ちを書きました。
寒くなりましたので風邪を引かぬよう体調管理には気を付けて下さい。
平成5年11月20日 石川理恵
三太は浦島太郎だった。15年前は携帯電話などなかった。ポケベルの時代だ。景気もそれほど悪くはなかった。
ヤクザも変わった。地方の組織は広域組織の傘下に成らなくては存続が出来ず、広域組織の傘下に成れば上納金システムの為にヤクザは金儲けを出来る者だけが出世し金儲け出来ない者は消えていった。そして暴力団対策法ができまさに今はヤクザの氷河期だ。
「おい、オレは15年ぶりなんだから車のスピードをあんまり出すんじゃねぇ。車酔いするじゃねぇか」
「兄貴、スピード出すなって言っても80kmしか出してないんですよ。高速道路なんでこれ以上ゆっくり走れませんよ」
「80kmしか出てないのか?やっぱりムショボケだな・・・150kmくらいに感じるよ」
「・・・仕方ないですよ。15年ブリですもん。まして車は軽トラですし」
「そうだよな、15年だもんな・・・」
三太はつぶやき外の景色を見た。
「兄貴、しばらくは家に泊まっててくださいよ。シャバに成れてきたら仕事と住む所は用意はしますんで」
あれほど早くシャバに出たかったのに、いざ出てみるとこの先どうして良いのか分からなかった。
50歳を過ぎた男に就職先などあるのか?まして刑務所あがりの元ヤクザなど・・・
「・・・・・」
三太は黙り込んだ。
「兄貴、部屋だって用意してるんですから気にしないで使ってくださいよ。ただオレの家なんてボロいですよ。1ヶ月もしたら仕事をして、オレが保証人になって部屋だって借りますから」
「・・・すまないな」
三太はどうして良いのか分からなかった。ヤクザをやる気などもう無い。しかし自分にまともな仕事など出来るのか不安でしょうがなかった。
健二は三太を元気付けるよう大声で言った。
「大丈夫ですよ兄貴、オレだって今じゃ真面目に肉体労働してるんですから。人間やる気ですよ」
「・・・ところで、成田と石丸は今何してるんだ?」
三太は元の自分の舎弟の事を聞いた。
15年前、地元の名門組織八代目神谷一家若頭 南山三太。通称、悪魔のサンタクロース
成田と石丸は三太が刑務所に行く15年前は三太の舎弟だった。
ちょうどその頃、広域組織関東会が地方に進出してきた。
神谷一家の縄張り内でも関東会傘下組織が進出してきて小さないざこざが絶えなかった。
その日、酒の席での口論から石丸が関東会の人間と殴り合いになり、数名から袋叩きに合い、足や腹部を短刀で刺され全治3ヶ月の大怪我をした。
怪我をさせた関東会側は酔っ払って石丸が絡んで来たといい、大怪我をさせておいて石丸が悪い、しまいには文句があるなら上等だとタンカをきる始末。ヤクザの世界はなめられたら終わりである。
三太は組織のメンツとやられた舎弟の為、日本刀を手にして相手組織に向かった。
「今は石丸は関東会の直参で関東会九代目神谷一家組長ですよ。成田が若頭で本当にやってられませんよ」
神谷一家は広域組織の傘下と成り、関東会から袋叩きにあった石丸が関東会の傘下となり九代目神谷一家を名乗っている
「・・・そうかあいつら偉くなったな。それで石丸と成田は元気なのか?」
三太はたずねた。
「もう何年も会ってませんが噂じゃ石丸なんか人が変わったように金、金うるさいだけですよ。大体にして兄貴が石丸のかえしで刑務所に行ってるんですよ。出迎えくらい来るの当たり前ですよ。関東会から一切付き合うなって言われてるから来ないなんておかしいでしょ?」
「・・・しょうがねぇよ・・・それが組織だ。」
「成田は何しってんだ?」
「成田なんかシャブにボケて終わってますよ。」
「・・・・・」
三太はため息を吐き、15年という時間の壁を改めて思う。