1
前略 元気にしてますか?
事件が事件の為、やっと手紙が書けるようになり嬉しく思います。
三太さんが警察に捕まり、早いもので6ヶ月が過ぎました。弁護士の先生から聞いてるとは思いましたが三太さんが捕まった後に妊娠している事が分かりました。
三太さんは日頃から極道に女房、子供は要らないと言っていました。
ましてこれから父親が刑務所に行く者の子供など産んでも可哀相だと反対でしょうが、私は私なりに考えて子供を産む事にしました。
三太さんが刑務所を出る時には、もうおじいさんです。私もおばさんで。そして子供は大きく成長しています。そして社会も大きく変わっていると思います。刑務所を出たら私と生まれてくる子供の為に極道をやめて真面目に仕事をしてください。そして一日も早く社会復帰してください。
出来るだけ、面会には行きますので体調管理には気をつけてください。また手紙書きます。
平成5年8月16日 石川理恵
「長い間、お世話になりました。」
「もう来るんじゃないぞ。」
南山三太 (ミナミヤマサンタ)は看守に礼を言うと刑務所を出た。
昔、地元では悪魔のサンタクロースと恐れられていたヤクザが15年の刑期を満期でつとめあげ出所した。
「兄貴、長い間ご苦労様でした」
軽トラに乗った。作業服姿のオヤジだけが三太を刑務所から出迎えた。
「・・・健二か?ちっとも変わんないな」
三太は笑いながら健二に歩み寄る。
本来ならば、黒塗りの高級車が並び、全国からヤクザが集まり派手な放免祝いをして貰うのだが三太がいた組織はもう無いので寂しい出所だ。
35歳の時、敵対する組織の組員2人を斬殺して懲役15年をうたれた。
10年ひと昔とは言うが15年も経つと世の中は全く変わっていた。
ヤクザは暴力よりも金儲けに走り、任侠とは言葉だけの暴力団になっていた。
時代は変わっていた三太の舎弟たちはみんな偉くなり自分の組を持ってる者もいる。
しかし、出迎えは堅気になった健二だけだった。
「兄貴、汚い車ですが乗ってください。荷物は自分が持ちますから貸してください」
健二はそう言うと三太の荷物に手をかけた。
「いいよ、自分のものは自分で持つから」
三太はそう言うと健二の軽トラに乗った。
「兄貴、タバコ吸いますか?兄貴のタバコ買ってきたんですよ」
健二はパーラメントロングをポケットから出した。
「良く俺のタバコなんか覚えてたな。でも俺はタバコはやめたんだ」
「じゃあ兄貴、なんか食べたいものはありますか?何でも言ってくださいよ」
「そうだな・・・刑務所に入ってる時なら、シャバに出たら、ステーキが食いてぇ、寿司が食いてぇって思うんだがいざシャバに出ると腹なんか全然減らねぇんだ」
「そんなこと言わないで頼みますんで、なんか言ってくださいよ」
「・・・じゃあ美味いコーヒー飲ませてくれよ。それを終わったら風呂に連れてってくれ」
「風呂ってトルコ(ソ−プ)ですか?兄貴も若いですね。分かりましたコーヒを飲み終わったら女抱きに行きましょう」
「馬鹿野郎、トルコじゃなく銭湯だよ。15年もゆっくり風呂に入ってねぇんだ、ゆっくりキレイな湯船に浸かりてぇんだ」
三太は健二の頭を小突いた。
「イッテ。銭湯ですね分かりました」
そういうと健二は車を走らせて喫茶店へと向かった
個人経営の小さな喫茶店に入り、奥の席に三太と健二は座った。
「お客様ご注文はお決まりでしょうか?」
ウェイトレスがやってやってきた
「一番、高いコーヒーを2つ」
「ブルーマウンテンNO1でよろしいですか?」
ウェイトレスはメニューも見ないで一番高いコーヒーという作業着姿の男が不自然に思ったのか
「ブルーマウンテンNO1でよろしいですね?」
と注文を2度繰り返した。
「それにしても兄貴、成田や石丸なんかはホントふざけてますよ。兄貴分の放免くらい来るのが当たり前じゃないですか。あんな義理も人情も無い奴らが今じゃヤクザの親分ですよ」
健二は口をとがらせ言った。
「いいじゃねえか、オレは今カタギなんだしヤクザは今後二度とやらねぇんだしよ。成田も石丸もそれぞれ都合があるだろう」
「でも兄貴、出迎えくらいは来て当たり前じゃないですか」
「いいじゃねえか、オレはカタギなんだから」
そういい終えるとウェイトレスがコーヒーを持ってきた。
コーヒーは確かに刑務所のものとは明らかに香りが違う。やはりシャバのコーヒーだ。
「やっぱ全然、匂いが違うな」
三太はコーヒーを口に含んだ。刑務所の焦げ臭い苦いだけのコーヒーとは違い
シャバのコーヒーは本当に美味しい。三太は心でつぶやいた。
「兄貴、風呂なんですけどウチのバシタ(女房)が下着や着替えを用意してるんで一回、家に帰ってからでもいいですか?兄貴だって荷物を置いてからの方が楽ですし」
確かに三太もその方が良いと思い。
「そうだなここからお前んちまで、車でどのくらいかかるんだ?」
「高速道路を飛ばして3時間くらいです」
「じゃあそうしよう、それとオレは病み上がりだ、あんまりスピード出すなよ目が回るんだから」
「分かりました」
健二はそう言うとコーヒー代を支払い店を出た。たかがコーヒー2杯で2000円もとられたが健二は三太と一緒にコーヒーが飲めた事をよろこんでいた。
店を出ると軽トラに乗り込んで健二の家に向かい走り出した。