昔の話
「クロよ。ちと身体を貸せ」
その言葉にまたもクロスの頭の中が沸騰する感覚に陥る。
「おれがこいつに及ばないとでも?」
冷静な口調だが、そこには殺気が溢れるほどの激情が含まれていた。
「はっきり言うとそういうことじゃ。しかし、勘違いするでないクロ。今のわしでもこやつには敵わんじゃろな。」
その言葉にクロスは目を細める。
「クロ。ただの勘じゃがこやつは大昔の余の知人じゃ。いや。間違いなくそうじゃろな。じゃろ帝?」
その言葉に和装の男はやっと気付いてくれたかと咲夜を見るが、その瞳には小さな寂しさの炎が含まれていた。
「知人とは寂しい事を言ってくれるなよ輝夜。あの頃の我にとって輝夜が我であり全てじゃったんじゃぞ。」
和装の男は恥ずかしげもなく真っ直ぐな目で咲夜を直視し、数瞬の無言の時間が流れる。
「咲夜・・・元カレとかそういうやつか?・・・・ゴフッッッ!!」
唐突にクロから放たれた核弾頭。
それを正確無比な肘打ちでクロの脇腹をとらえ迎撃する咲夜。
「がははははっ!若造この空気の中なかなかに面白い事をいうではないか。じゃがな、我と輝夜の関係はそんな薄っぺらいものではないがのう。しかしお前は気に入ったぞ小僧。おまえに少し昔話をしてやろう。なぁ輝夜?」
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昔々のお話である。
世界のずっとずっと東。極東にある島国の御伽話である。
ある村にお爺さんとお婆さんが住んでいた。
二人には晩年になるまで児を身ごもることが無く、二人で細々と生活していた。
ある月が爛々と輝く夜のことである。
二人が寝ていると、戸口から赤子が泣く声が聞こえてきた。
爺さんは不思議に思い戸口を開けるとそこには、今まで見た事もない様な美しいおくるみに包まれた赤子がいた。
爺さんは驚き婆さんを呼び起こす。
爺さんはその赤子を見て世捨て子だと直感し渋い顔をしていた。
しかし、婆さんは泣いている赤子をみると、そっと赤子をあやすように優しく抱きかかえた。
「爺さんや。こんなにも上質なおくるみを着せたままの世捨て子なんてことはありえんじゃ。この赤子はもしや天からの授かりもの天人かもしらんね。」
赤子をあやしながら優しい口調でそう爺さんに呟いた。
次の日の朝爺さんは婆さんに赤子についてどうするのか問うと、赤子を胸に抱いていた婆さんはわしが育てると言い切った。
爺さんも子が出来なかった負い目もあり渋々その意見に賛同した。
その赤子は輝夜と名付けられた。
輝夜は普通の人間ではありえない速度で成長し3ヶ月ほどで妙齢の娘ほどに成長した。
爺はその成長速度に驚いていたが、婆はそのことを露ほどにも気にしていなかった。
なぜなら輝夜は普通の人間ではなく天人だと考えていたからだ。
そして徐々に爺も輝夜は本当に天人かもしれないと思い始めていた。
その容姿は絶世の美女そのものでありその姿を見た男達は一瞬に心を奪われるほどであった。
その美しさも相まってすぐにカグヤの存在は村中の噂になり、その噂は村から町そして国中に広がっていった。
ある日の事である、輝夜は婆さんに教えを請いながら機織をしていた。
その時唐突に戸が叩かれる。
婆さんはまた輝夜を思う男達だろうと思いそのまま無視をした。
しかし一向に戸を叩く音が止まない。
それに業を煮やした婆さんはドカドカと足音をたてながら文句の一つでも言ってやろうと勢いよく戸を開け、
「やかましいっ!!!今カグヤは留守にし・・・・・。」
しかし、勢いよく放たれた言葉は目の前の光景をみて飲み込まれた。
戸の前に居る男はそれは上等な格好をしており、その男の後ろには、それまた上等な御輿・従者・馬の隊列を組む一行がいた。
「突然の来訪申し訳ございませぬ。私は帝の従者をさせて頂いておりますもので御座います。ここはカグヤ様のお住まいで間違いございませぬか?」