乙女ゲーヒロインに転生したと思ったら悪役令嬢が親友だった
この小説を読もうと頁を開いた読者諸君は、異世界転生というものを御存知だろうか。多くの者が「知っている」と答えてくれるだろう。知らないという君にも、その語感からなんとなく意味は分かる筈だ。
「異世界転生」。
そう、物語の主人公が、ひょんな事から今居る現実世界から別の世界に飛ばされてしまい、その世界で生活を迫られるといった導入から始まる物語の事だ。そういった小説の多くは往々にして神様から素晴らしい力を手にし、その力によって悠々自適な生活を手にする事が出来るといったものだ。若しくは、ゲームや漫画で知り得る情報を武器に成り上がる。……他にもこの手の小説のパターンというものがあるが、この場では割愛する事にする。
何故そんな話を今更ーーという者があるかもしれない。その意見は尤もだ。その問いへの答えはこうだ。
……君達にこうして語りかける私自身も、実は異世界転生者だから、だ。
「これ前にプレイした乙女ゲーのやつやん。」
ーーこの世界で初めて目が覚めた時、なんて都合の良い夢だろうか、と思った。頭では異世界転生など有り得ないと思っていたが、私も行けるものなら行ってみたい、と憧憬していた人間の一人だ。お約束の様な感想しか述べられないが、少なくとも私は面倒な現実世界から逃避出来て、解き放たれた心地であった。
「神様からチート能力を貰った覚えは…ゼロ。まあ、原作知識があるから何とかやっていけるか。しかし、私がヒロインの“マーガレット”か。こんなふわふわした女の子、私とは似ても似つかないのに…」
鏡の中の私、“マーガレット”は男爵令嬢で薄桃色の巻き毛、人形の様な大きな青の瞳の持ち主だ。肌は陶器の様に白く、美しい。だが中身がこの私というだけで、放たれる色香は半減している様な気がした。
しかしなってしまったものは仕方ない。第二の人生を謳歌しようではないか。
……という事で「推し」の攻略をしよう、と決意したのが異世界転生をした初日の事である。
「………あんた、美咲でしょ?」
「如何にも自分は隴西の美咲である」
ーー余りの驚愕にかの文豪の言葉を借りなければ言語を発する事が出来なくなった。
この乙女ゲーの敵キャラ・所謂悪役令嬢が転生前の友、李花であったのである。美しい漆黒のロングヘア。翡翠の瞳。その容貌は美しいが、冷徹な印象を受ける。……が、口を開けば私の知己、李花と同じ話し方であった。勿論お互いキャラクターとしてその性格は取り繕ってはいるが、言葉の端々、仕草や癖は隠し様が無い。何せ彼女とは幼い頃からの腐れ縁。分からない筈が無かった。
「驚いた…けど、李花が“ダリア”なら私のバッドエンドは免れそう」
「だね。美咲がマーガレットじゃなかったらざまぁ展開かなー?と思ってたけど、そんな必要も無さそう」
「安心して、処刑ルートは回避させるから」
「これでお互いウィンウィンだね」
将来に対する唯ぼんやりとした不安は軽くなった気がする。彼女と二人なら必ずやハッピーエンドをもぎ取る事が出来るだろうーー。この時私は、そう確信していたのだった。
***
如何してこうなった。
確実に私の推しである賢者の弟子・スターチスのルートに入っていた筈だ。だというのに、気が付けば王子ダンデとの結婚宣言・ダリアの婚約破棄の場面に進んでいた。この場面まで来たら、後はダンデとマーガレットは結婚し国王と妃として幸せに暮らし、ダリアは数々の私への嫌がらせから処刑される事になる。はてな、私はダリアに虐められた事があっただろうか。
「国王陛下、私は公爵令嬢であるダリア・フォンリネとの婚約を破棄し、このーー男爵令嬢、マーガレット・モクシュンを妻に迎えたいと考えております」
「陛下、このダリア嬢は妃たる器では御座いません。か弱いマーガレット嬢に対し、人目の無い所で罵詈雑言、尚且つつき飛ばしたりと辛い仕打ちを繰り返しておりました」
「陛下、どうかダンデ王子とマーガレット嬢の結婚をお認め下さい!」
…全く身に覚えが無い。王子の取り巻き達がそうだそうだ!と捲し立てる。その中にスターチスの顔もあった事が、何とも居た堪れなかった。所詮は二次元の存在。遠きにありて想ふもの。動いて喋る姿を生で見られただけでも御の字か。と諦観の境地に至る。
私よりも上座の方に視線を向けると、ただ一人苦々しい顔をしてこれらを見守っている女が居た。ダリアことーー李花だ。
彼女の表情に此れは如何した事かと思い思考を張り巡らせてみる。……そういえば、これまでの生活の中で、密かに二人会っては此れからの行動について相談したり、時に昔の様に戯れ合ったりした。ひょっとして、この事が原因だろうか。
「…ダンデ王子、そして皆さん。其れ等の出来事は皆誤解です。誤りなのです。私とダリアお嬢様は、唯一無二の友であり、虐めなどという事実は全く御座いません。どうかお改めを。」
「何と心の優しい方なんだ…しかし、無理をする必要は無い。マーガレット嬢。此処でダリアを断罪しなくては、私達は結ばれない。辛いだろうが、君の為なんだ。」
オウッフこの王子話が通じねえ。
思えば突然異世界召喚せられ、マーガレットとしての生活を強いられてきた。なんと横暴な事だろうか。邪智暴虐の神は、道の示す通りに歩んだにも関わらず私達に最大幸福を与えないという。全く付き合っていられない。
私は手を握る王子の手を振り解き、李花の元へと移動する。
「…マーガレット?」
周囲がどよめくが、知った事では無い。私は二次元キャラとの恋愛よりも友を選ぶ。それだけの事だ。
今までその美貌を間近で拝ませてくれて有難う。偉大なる声優陣の声で愛を囁いてくれて大変感謝している。
「如何やら皆様には信じて頂けない様ですが、私マーガレットとダリア・フォンリネは親友同士。私達の友情を、誰にも邪魔する事は出来ません。たとえそれがダンデ王子や国王陛下であろうとも」
騒ついた玉座の間が、水を打ったように静まり返る。
私が李花の手を取ると、彼女は驚いた様な顔をしていたが私の意図に気が付いたのか、ゆっくりと頷いた。
「マーガレット嬢の言う通り。私を貶めようという何方かの陰謀か存じませんが、残念でしたわね。私達、百合の園で契りを交わした関係ですの」
「それでは、一件落着。御機嫌よう」
私達は手を取り合ったまま部屋を出ようとした。すると、背後から憔悴し切ったダンデの声が聞こえてきた。
「ま、待て!それでは一体誰が妃にーー」
「スターチスで良いんじゃない?ほら、王道カプだし」
女二人が退席した後の玉座では、「………同性婚は我が国では可能だが?」という王の言葉によって収拾のつかない事態となっていたそうな。
***
「なんだよ、百合の園って。頭悪いの?」
「美咲こそ、あの場面でダンスタ結婚しろとか言う?普通」
川端康成か。と突っ込みはなかなか万人には伝わらないであろうので飲み込んでおく。何だったら谷崎潤一郎でもいい。
「………まあそうなんだけど。それより、此れから如何する?もうこの国にはいられないだろうし、愛の逃避行カッコ笑でもしとく?」
「私達じゃ百合にはなりようが無いと思うがな…。そうだ、冒険者ギルドに行こう」
「京都に行こうみたいなノリだな。痛いのは嫌だ。パス」
「じゃあ普通に家探して暮らそっかー。暫く職が無くても大丈夫、金ならある」
「そうしよ」
私達は荷物を纏めて国を出た。
ところが関所を出た途端、世界は暗転しーー。
『設定に無い国へは行けません』
という誰かの言葉を聞き乍ら、意識を失った。
…………ブウウ――――――ンンン――――――ンンンン………………。
***
私がウスウスと目を覚ますと、目の前には見慣れた町並みが広がっていた。元の世界に戻って来たのである。私はとある店先に居て、並んでいるチラシの一枚を手に取っている状態であった。
「このチラシ、あのゲームの………」
薄桃色の髪をした愛らしい少女が、好男子達に囲まれて微笑んでいる。人気作品という事もあり、第二作目が発売されるらしい。あのゲームはあれで完結していた筈だが、一体如何やって続編を作ったのだろう。
自分の身に起こった現象があまりに不可思議で、現実逃避をする。どの位の時間そうしていたのか分からないが、次に意識を浮上させたのはよく知る声によってであった。
「美咲ー!お待たせ!ごめんね待ち合わせに遅れちゃって」
「…李花。待ち合わせ……?って、如何いう事?」
「へ?此れから、一緒にプリンスカフェに行くんでしょ。スターチスのコラボフード、絶対食べるんだって言ってたじゃない」
……そういえば、異世界転生する前、彼女とそんな話をしていたかもしれない。
「…そうだった。じゃあ行こうか、李花」
「…変なの。何かあったの?」
「……うん。あのね、壮大な感じの白昼夢を見ていたんだ」
王子との婚約を解消しマーガレットとダリアは国外へ逃亡する。道無き道を進み、森のヒルに噛まれ、散々な目に遭いながら関所までたどり着いた。…あの時の冒険が、友情が、全部夢であったとはなんだかとても裏寂しい気持ちになる。
「へえ、白昼夢って本当にあるんだ。不思議だね。不思議といえば、私も昨晩ダリアになった夢を見てねー…」
プリンスカフェのコラボメニューは、スターチスではなく『ダリアの断罪苺タルト』を食べよう。
嗚呼然し私は転生したと確信して、読者諸君などと歌舞いて……なんと恥ずかしい事をしていたのだろう。
恥の多い生涯を送っていました。
終劇
突発的に書いた悪役令嬢もの。
かぷかぷ笑って下さったなら幸いです。