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ホラー短編

赤い女の子/レシピエント

作者: ノマズ

赤い女の子/レシピエント


〇赤い女の子


 夕方になると、その子はいつも、その校舎の屋上に立っている。

 僕は学校に行くとき、その中学の横を通る。友達の家も、公園に行くときも、大体その道を通る。帰りが夕方になるときは、いつもその女の子が、赤い服を着て、屋上に立っている。


 女の子は、その中学校から、道を挟んで反対側にあるお墓を見下ろしている。

 大きな公園の角にある、小さなお墓だ。

 僕は気になって、そのお墓のことを調べてみた。お墓は、その土地の地主さんの家のもので、お墓以外にもそこには、鎌倉時代に作られた石碑と、江戸時代に作られた庚申塔があった。


 お墓は、十字路の角にあって、その向かい側は、四十年前くらいに作られた団地の入り口になっている。十字路にはちゃんと信号が付いているけど、小さい道路なので、車やバイクが、特に夜になると、すごいスピードで、よく走っている。近くに市場があるので、大型トラックもよく通る。


 女の子は、夕方にだけ立っている。

 朝と、夜にはいない。夜そこを通ることはほとんどないけど、たまに、塾で帰りが遅くなると、日の暮れた後に、そこを通ることになる。けれど夜には、女の子はいない。


 夏でも、冬でも、夕方になるとその女の子は、屋上に立っている。

 髪で隠れていて、顔はよく見えない。

 曇りの日でも、雨の日でも、夕方には、必ずその子が、お墓を見ている。


 学校の先生は、不思議な話だねと言うだけだった。

 お父さんは僕の話はあんまり聞かないから話してない。お母さんは、そのお墓に入りたい幽霊かもね、と言った。でも僕は、それはおかしいと思った。地主の家のお墓なのに、どうしてあの女の子が入りたいと思うんだろう。


 あの子は、僕よりもお姉さんだ。

 きっと、中学生くらい。

 でも、顔が見えないからよくわからない。


 友達は信じてくれない。

 一緒に見に行ったこともあったけど、友達は、女の子が見えなかった。でも中には、僕と同じように、女の子が見える子もいた。その子は、クラスでも大人しい、眼鏡をかけた女の子で、何となく、屋上にいるその子と似ている。


 僕は、幽霊を見たことがない。

 でも、屋上の女の子は、幽霊なのかもしれなかった。見えない人もいるし、いつも夕方に、中学校の屋上にいるというのは、生きた人なら、不自然だ。僕が初めて、その女の子を見たのは、二年生くらいのときだった。だからあの子が幽霊なら、僕はそれからずっと、幽霊が見えていたことになる。


 お墓のところから、僕はじっと、その女の子を見ることがある。

 声をかけてみようかな、手を振ってみようかな、と、いつも思う。

 それなのに今まで、一度も声をかけたこともないし、手を振ったこともなかった。もしかしたらあの子が、手を振り返してくれるかもしれないのに、なんでか、「やっぱりやめよう」という気になってしまう。


 お守りを持っていると、幽霊が近寄ってこなくなるらしい。

 僕が女の子の話をするので、きっと気味悪がったのだと思う、お祖母ちゃんが、家の近くの神社にお参りをして、よく効くというお守りを貰ってきた。僕はそれを首につけられて、肌身離さず持っているように言われた。


 でも、お守りをしていても、あんまり変わらなかった。

 夕方になると、やっぱり女の子は屋上にいた。赤い服を着て、顔はよく見えなくて、夕方の間ずうっと、角のお墓を見下ろしている。


 だんだん、みんな僕がその話をすると、嫌な顔をするようになった。

 お母さんには、心配するから、お守りをつけてからは見えなくなったと嘘をついている。友達にも、もう見えないよ、と嘘をついている。でも担任の先生が変わると、僕はやっぱり知ってほしくて、必ず何度か、女の子の事を話してみる。


 来年から、僕は中学生になる。

 通うのは、あの女の子がいる中学校だ。

 女の子の事を知っている先生もいるかもしれない。もしかしたら、昔、その中学に通っていた生徒なのかもしれない。


 幽霊を見ると、何か悪いことが起こると、幽霊好きの友達が教えてくれた。

 幽霊を見た後、怪我をしたり、病気になったり、おかしくなって精神病院に入れられたり、変な死に方をしたりするらしい。


 でも僕は、何ともない。僕の家族も、何ともない。

 去年妹が産まれた。妹も、元気だ。

 怪我は、突き指くらいならした。でも、大怪我はしていない。事故もない。頭がおかしくなる、なんてこともない。それに、生きている。


 中学に上がったら、あの屋上に行こうと、僕は決めた。

 夕方に屋上に行ったら、あの子に会えるかもしれない。


 僕はその日、友達と遊んできた帰り道、角のお墓で自転車を止めた。

 ちょっと小雨が降っていた。夕方だった。

 屋上を見上げると、赤い服の女の子は、やっぱりこっちを見下ろしていた。


 僕は初めて、その子に向かって手を振った。

 女の子が、にたりと笑った気がした。




〇レシピエント


 花南子は、久しぶりに訪ねてきた妹のために、白クリームのパスタをふるまった。

 小さい頃から、シノちゃんはこれが好きなのだ。


「どう?」


「おいしい。料理なんてできなかったのにね。成長したねぇ」


「まぁ、ね」


 詩乃は看護師をしていて、この日、勤めている病院と同じ系列の病院の夜勤に入ることになっていた。新しくできた病院で、人手不足ということもあり、この日は詩乃が手伝いに行くことになったのだ。駅が近いからと、三日前、会いに行くと、姉である花南子に連絡があった。


「トシさん、出張なんだっけ?」


「うん。今瀬戸内のほうにいってるよ」


「会いたかったのになぁ」


「また今度ね」


 詩乃は、何気なくテーブルに置かれていた家計簿に目をやった。

 しばらくそれを見つめ、首をひねった。


「家計簿なんてつけてるの?」


「そりゃあ、つけるわよ、私だって」


「え、お姉ちゃんそういう人だっけ?」


「成長したの」


「そうなの? でも数字とか苦手だったし、私、お姉ちゃんって、ずっと、ずぼらな人だと思ってたんだけど」


「シノちゃん、失礼よ、それ」


 しかし、詩乃の言う事は、確かにその通りだと、花南子も思うのだった。小さい頃から、ちまちました作業は苦手だった。そういうのが得意な賢い妹とは違い、外で走り回っているタイプだった。


「ホントを言うと、なんか、変なんだよね」


「どんな風に?」


「シノちゃんわかんらないかもしれないけど、何か、借金してるような、変な危機感があって」


「してるの?」


「してないよ。でもなんか、変に不安なの」


 詩乃は少し考えてから、姉に質問した。


「他に何か、変なことってあるの?」


「甘いもの、食べなくなったんだよね。あと、電話に出るのが、何か怖くなった」


「電話?」


「うん。なんか、ベルが鳴ると、一瞬、躊躇っちゃうんだよね」


 花南子にとっては不思議な感覚だった。

 ストーカーから無言電話があったとか、出た先で叫び声が聞こえたとか、そういう、トラウマになるような出来事は、今まで一度もなかった。それなのにどういうわけか、受話器を取る前に、ひと呼吸おいてしまう。


「いつごろから?」


「えーと、そうねぇ――」


「退院してからじゃない?」


「あ、そうかもしれない」


 花南子は8年前、腎不全を患って入院した。

 根治治療のため、腎臓を移植する手術をしたのだ。結婚して1年が経った頃だった。花南子の夫が突然仕事を辞め、花南子は外に働きに出た。家事はおいつかず、食事はコンビニ弁当で済ます日が続いた。


 当時の不摂生と、ストレスが原因だったのかもしれない。

 花南子の異常に最初に気づき、病院に連れて行ったのは、たまたま遊びに来た詩乃だった。移植を勧めたのも、詩乃である。


 手術は成功して、そのあと息子の智也も産まれた。移植後、月餅賞などで悩まされるケースもあるというが、花南子は、運よく健康に日々の生活に戻ることができた。それを考えると、花南子は、妹に頭が上がらなかった。


「お姉ちゃんのそれ、もしかすると、それのせいかもしれないね」


「それって、手術の?」


「まだ科学的に立証されてるわけじゃないんだけど、臓器にも記憶があって、臓器を移植すると、そのドナーの記憶も転移するっていう学説があるの。味覚が変わったり、性格が変わったり、好みが変わったりしたっていう事例が報告されているらしいんだけど――」


「じゃあ、私の電話のこととか、借金してるような感じって、もしかしたらドナーの?」


「わからないけど」


 それを聞いた時、花南子は、ひんやりと、背筋に冷たいものを感じた。

 もう一つ、手術前には無かった変化があった。


「私のドナーの人って、自殺してる?」


 詩乃は口を開きかけたが、答えなかった。

 花南子がそう訊いたのは、手術後見るようになった、夢のためだった。

 たまに見るのだ。

 薄暗い、散らかった部屋を、自分が見下ろしている、そういう夢を。手足は動かせず、視界は左右にかすかに揺れている。自分の体はだらりと、視界の下に垂れ、首で固定されているような感覚がある――そういう夢を、見るようになった。


 あれは、私のドナーが、首をくくって自殺した時の記憶ではないだろうか。


「わからないけど、まぁ、お姉ちゃん、元気なんだから良かったじゃない」


 詩乃は、もうこの話はおしまいとばかりに、明るくそう言った。

 花南子は、詩乃が何か知っているのだろうと思った。知っていて、教えないのにはやっぱり理由があるのだろう。


「そうだね。ドナーの方には感謝してるよ」


 花南子も明るくそう言った。

 そのあとは手術の話はせず、近況報告をしあった。

 夕方前に、詩乃は「また来るね」と言って花南子の家を後にした。


 玄関先で見送った後、花南子は居間に戻った。

 

「あらトモちゃん、起きたの」


 声をかけて、花南子は、息子の様子にゾっとした。

 息子が、部屋の真ん中の天井を、ぼうっと見つめていた。

 まるでそこに、彼の興味をひくものでもあるかのようだった。


「赤い女の子」は去年度の冬に投稿したものを、「夏のホラー2017」のために若干編集したもの。「レシピエント」は、「夏のホラー2017」のために書き下ろしたものです。字数制限があるために、二編での投稿になりました。


感想等あれば、どしどしお寄せください。

よろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[気になる点]  「レシピエント」に「月餅賞」とありましたが、もしかして「合併症」を誤変換してしまったのでしょうか? 文脈的にそうかなと思ったのですが……。 [一言]  葵枝燕と申します。  『赤い女…
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