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ただいま故郷。わたしは帰ってきた

木々の生い茂る山深い場所。その山頂にあるひらけた所。ここは異様だと感覚の鋭い人間ならそう言うだろう。

 頂上にある巨大な岩を中心に幽玄な空気が醸されている。

 突如そこに閃光が奔った。光は波紋のように広がり、収束した時、そこには奈津芭達三人の姿があった。

 転移完了後、現界すると同時に奈津芭とエンディーは地面に手足を突き大きく息を吐く。


「なによ…これ…キッ…ツ」

「想像してたより…ずっと…辛いね…これは」

「情けないですね。二人とも」


 荒い息を整える二人を何処吹く風とグランシアは呆れた顔で二人を見る。


「いや…そうは言ってもね。気を抜くと死ぬでしょ…あれ。精神的に」

「グランシアの精神防壁は鉄壁だからね」


奈津芭は転移中の事を思い出す。転移のプロセスは一瞬で完了する。だが、世界を渡るその一瞬、境界の領域たるカオス・フィールドを突破する刹那、精神に掛かる負担は筆舌に尽くし難い。

 カオス・フィールドは文字通りの混沌の領域。何者にも成れる筈だったのに、何でもない存在に成り果てたモノのい吹き溜まり。この領域は全てを飲み込み、同化しようとする。

 転移に際し、強力な魔力に護られている肉体は兎も角、精神は剥き出し状態で突入する事になる。だからこそ、素養を持たない人間が異界へ転移するとこの領域に取り込まれてしまう。


「で、此所が何処だか分かるかい?」

「ウチの山よ。成る程ね。だからこその要石って訳か」


頂上に鎮座した巨大な石。これは「要石」とよばれ、この場所は柊家が代々護ってきた祭壇でもある。

 そして、五年前、祖父が亡り、奈津芭と奈津芭の母以外に血縁が居なかったため、祖父の財産は奈津芭が相続した。

 ここは祖父の家系。柊家が秘匿してきた祭壇。何の祭壇かは聞かされていなかったが、今回の事で此所が異界と現世の境界の地だという事が分かった。


(だとしたら…爺ちゃんは何処まで知ってたんだろ?)


 生前の祖父は穏やかな人で、色んな事を知っている仙人のような人だった。その道では有名な易者で若い頃は結構な大物のお抱えだった時期もあったという。その後、妻を病気で亡くし、娘―つまり奈津芭の母を育てる為にその業界から足を洗ったという。

 奈津芭は祖父に占いの基礎と心構えを教えてもらった…筈だったが、


(教えて貰った…?私は何を?)

 

 朧気に思い出す祖父の姿。そう、祖父と一緒にいた光景は思い出せるが、何を話していたのかがポッカリと抜け落ちたように全く思い出せない。

非常識な出来事の連続だったからあまり考えないようにしていたが、それでも妙だと今なら思う。


(あんな異常な事態は私は平然と受け入れた?)

「どうしたの奈津芭?難しい顔をして」


 考え込む奈津芭の顔を覗き込むようにエンディーが訪ねてきた。正直大丈夫ではない。こちらの世界に帰ってくればこのトンデモな状況から解放されると思っていたが余計にこんがらがってきた気がする。逆に自分のホームだからこそ対応を誤れば自分の立ち位置が危ぶまれる可能性さえある。


「いや…なんか色々と狐につままれた気分だなと」

「どういう意味なんだい?」

「この国の慣用句よ。想定外の出来事に呆然とする…みたいな意味」

「へぇ。なんで狐なんだい?」


 聞き慣れないフレーズにエンディーの目が光る。これは余計な事を言ったなと奈津芭は顔を顰める。


「知らないわよそんなこと」

「狐とは古来より豊穣の神や精霊などとして崇められる一方で人々を化かす悪戯好きな動物だという側面も持ち合わせているからです」


 奈津芭が突っぱねると、代わりにグランシアが補足する。


「興味深いね…ん?」

「気配…こんな所に」

「反応は一人です」


三人はいつでも魔力の放出が出来るよう準戦闘態勢に入る。

 先も述べたようにここは奈津芭の私有地である。それに加え、この辺りは昔から神隠しの伝説が残っていて地元の人間はまず近づかない。


「速いわね」


 時速四十キロといった所だろう。陸上の世界王者並の速度で山道を駆け上がってる。しかも此方に向かい真っ直ぐ向かってくる。もはや尋常な手合いでない事は明らかである。

 魔力放出を開始。戦闘態勢に入る。威圧の意味を込めて強い敵意を相手に向ける。

それでも尚、向かってくる相手に変化は無い。


(意に介さずか…めんどくさいな…って、あれ?この気配…)

「迎撃します」


 牽制に無反応の所からグランシアは敵と認定。先制攻撃の為に複数の魔力弾を空間に展開させる。


「ちょっと待った!!」

「奈津芭?」


 奈津芭はグランシアを静止する。それと同時、侵入者が姿を現した。

 現れたのはジャージ姿の女性だった。切れ長のパッチリとした意志の強そう目が印象的で、ショートカットの髪型とスレンダーな体つき。容姿もそうだが、纏う雰囲気がどことなく奈津芭を連想させる。彼女は奈津芭の姿を見ると満面の笑みを浮かべる。


「お帰りなさい奈津芭」


 突然の出来事に目が点になる奈津芭。だが、とりあえず今言うべきは――


「えっと。ただいま母さん」


 あらためて言うと凄く恥ずかしい。顔が熱くなるのを感じながら、奈津芭は母に自らの帰還を告げた。

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