帰郷~エピローグと言うな名のプロローグ~③
ファンファーレが鳴り響き、人々の喝采が木霊する。
歓声の中心にあるのは絢爛豪華な一台の馬車。荷台の上には奈津芭、エンディー、シオンの三人がドレスアップした姿で声援に応えるように手を振っていた。
馬車は城門前から城下町へと続く石畳の目抜き通りをゆっくりと進んでいく。
エンディーとシオンは流石は王族というべきか、この圧倒的な熱気の中涼しげな表情で声援に応えていた。
「これは…なんなの」
引きつった笑みで手を振る奈津芭。
「見て分かりませんか?凱旋パレードです」
「君が帰る前にと思ってね」
「頼んでないっての…」
経験した事の無い感覚に嫌な冷や汗が背中を伝う。これなら戦っていた方が楽だと奈津芭はため息を吐く。
「いや、色んな所から頼まれていてね。君が帰る前にもう一度お礼が言いたいと」
「お礼?」
奈津芭が怪訝な顔を浮かべると、突然馬車が止まった。そこには花束を持った十歳位の女の子とその妹であろう女の子の姉妹が立っていた。
「あの子達…」
それはこの世界に奈津芭がやって来た時、初めて逢った子達だった。
大怪我をしていた奈津芭を介抱してくれた命の恩人でもある。
「よかった。元気になったのね」
「はい。導師様のお陰です」
召喚された直後、奈津芭は敵の集団に襲撃された。村ごと襲われ死傷者も多数出た。この姉妹も例外ではなく奈津芭を庇い大怪我を負った。
「何言ってるの。貴方達がいなかったら、私はここにいなかった」
この世界に来てからは散々だったが、それでも奈津芭にとって大切な出会いがあった。
自身の行いに意味があったと思えた。とても上手く立ち回られたと思えない。失敗を重ねた。
思い返せば助けられてばかりだった。他にも、この一月半の間にお世話になった色々な人が奈津芭の為に駆けつけてくれた。
「案外と…悪くないかもね」
暮れ行く夕日を眺めながら、奈津芭は一言そう漏らした。
「そうかい」
その後、祝賀パーティーだのお偉いさんとの接見だのあったみたいだが、奈津芭は体調不良を理由に早々に抜け出した。夜も更けた頃。奈津芭は自分が滞在している迎賓館の屋根の上にいた。ドレスからラフな恰好に着替え、寝転がり空を見上げていた。そこに近づいてくる足音。エンディーである。
「何をしているんだい?」
正装を解いて、旅で使っていた行動着に着替えていた。
「星を見ていた」
「何が分かった?」
奈津芭の本領は星読みである。万物の流れを感じ取り。一体となる。世界の一部として、世界そのものとして流れを読み取る。天と地を繋ぐ存在。それは古来、巫女と呼ばれる人間に備わっていた感応能力。奈津芭の行うのは本来の意味での占いでもあり、天啓とも呼べる物である。
「色々と崖っぷちで綱渡りで…悪あがきが過ぎるってとこかな」
「耳が痛いね」
エンディーは奈津芭の横に腰掛ける。二人は暫く無言で空を眺めていた。
「明日。君とグランシアを送り届ける」
唐突に告げられた一言に、戸惑いを覚える奈津芭。
「突然ね。もう少し時間が掛かるかと思ってたけど」
奈津芭は戸惑っている事に戸惑った。さっさと帰って元の生活に戻りたいと、そればかり考えていた――筈だったのだが…合縁奇縁。良いこともあって、悪いこともある。当たり前の事であるが、今更ここも悪くないと思えている自分の現金さに呆れてしまう。
「先生達が神殿に帰った昨日の今日で必要な道具を送ってくれたからね」
「ホントあの人達は働き者ね」
残り二人の守護者である年長者組の二人。さっさと帰ったと思ったら裏で色々動いていてくれたらしい。愛想が無い所がらしいなと奈津芭は思った。
「どうする?怪我も癒えてないし延期することも出来るよ?」
「次便は何時になるの」
「三週間後」
次が三週間後と聞いて揺らいだ自分が居た。だからこそ―
「明日送ってちょうだい。荒事がなければ、居心地悪くないからね…此所。これ以上は未練になりそうだから」
「それじゃぁ準備を進めておくよ」
「よろしく~」
立ち上がったエンディーに奈津芭は気の抜けた声をかける。
「早めに休みなよ。夜は冷えるからね」
「もう少ししたらね」
翌朝、奈津芭は学校の制服に着替えていた。元の服はボロボロになったので、此方に渡ってきた時の服装を誂えなおしたものである。
「…えらく忙しないの。そう慌てる事もなかろうに」
持って帰る荷物を担いで部屋から出るとそこには不満げな表情のヴィーラが立っていた。
「今日を逃すと次は三週間待たないと駄目みたいだからね」
「ならば三週間待てばいいではないか!」
早口で捲し立てるように喋るヴィーラ。こんな感情的になる彼女を奈津芭は初めて見た。
「そうもいかないよ。此所は居心地がいいからね」
「ならば!!」
奈津芭は感情的になるヴィーラの頭にポンと手を置く。
「また逢いましょヴィーラ」
「絶対…約束じゃぞ」
「ええ」
王城の地下にある聖剣の安置場所に即席の転送装置を作っていた。転送は莫大なエネルギーが必要で本来は神殿と呼ばれ魔力の結節点で行われる。それはこの場所も同じである為問題は無い。問題は転送の座標固定と認証にあるがそれも神殿より送られた魔具によって問題は解決した。
「それじゃあ、みんなお別れだね」
転送装置に奈津芭、エンディー、グランベルの三人が入る。見送りはエリスとシオンの二人だ。ここは王国の機密の固まりでもある。エンディーの従者で守護者のエリスや、同盟国の王女であるシオンは問題無い。しかしヴィーラは守護者ではあるが対立国の宰相の娘であるためこの場に入れる訳にはいかない――という建前でヴィーラから立ち会いを拒んだ。全く素直じゃない。
「奈津芭さん。どうかお元気で」
「エリスちゃんも元気でね。此奴の相手は骨がだろうけど」
「いえ。好きでやってる事ですから」
柔らかな笑みを浮かべながら答えるエリス。奈津芭はエリスの横にいるシオンに目をやる。
「……」
「……」
沈黙する二人。
正直気まずい。そう思っているとシオンが手につけているブレスレットを差し出してきた。
「…餞別です」
「…ありがとう」
ぎこちなく受け取る奈津芭。やっぱり気まずい。
「言っても聞きはしないでしょうが…無茶は控えたほうがいいですよ」
「わっかってる。逆にアンタはもう少し無茶をする位でいいと思うけどね?負い目なんか気にしても損するだけだよ」
奈津芭からみたシオンという少女。最初はいけ好かない。少し知ってからは気に入らない。今はもどかしく思っていた。生真面目で何時も細かい事ばかり言ってくる。
凛として正しく、民衆からは賢姫として称えられている。ノブレスオブリージュを体現したような人格者。だけど、それは作り上げた偶像であり、本当の自分はそんな大した存在じゃないと引け目に思ってる。その事がもどかしかった。見栄を張って自分の事を少しでも大きくみせようとする。そんな事は人として当たり前の事だというのに…
彼女がそうなってしまった原因を知っているからこそ…だからこそ余計にもどかしい。
「善処します」
「こっちも…まぁ、頭の隅には置いとくよ」
このやり取りが、今の奈津芭とシオンにとっての精一杯の激励であり賛辞であった。
「準備が出来たよ」
転送装置が強い光を発する。同時に奈津芭達の身体が薄らいでいった。
「それじゃあ、またね」