帰郷~エピローグと言うな名のプロローグ~②
「グラシアちゃんを私の世界に連れて行くって…えっと」
エンディーからの突然の提案に戸惑う奈津芭。
「必要ありません」
言い淀んでいる奈津芭をグランシアの抑揚の無い声が遮った。
「当面の脅威は去ったのです。急がなければ最低限の機能復旧は自分で賄えます」
「そうは言ってもね…」
「何年かかるのじゃ…」
エンディーとヴィーラが揃って渋い顔をする。奈津芭はそんならしくない二人に違和感を覚える。
「って、なんでアンタ等そんなに及び腰なの?何時もなら嬉々として研究材料にでもしそうなものなのに」
「流石にそれは誤解だよ」
「うむ。我等を何だとおもっておる」
心外だと言わんばかりに抗議の声をあげる二人。
「そうでしょうか?」
「ですわよね」
いつも振り回される役回りのエリスとシオンは二人をジトッとした目で見る。心当たりがある二人はウッと言葉を詰まらせた。
「と、ともかくじゃ。グランシアに限って言えば未知である事に意味があるのじゃ」
「そうだね、後顧の憂いになる」
魂魄を宿した機械人形であるグランシアはこの非常識な世界においても特出した存在だ。ヴィーラの国にも機械人形は存在するが、定められたルーチン以上の事は出来ない。そもそも、戦闘の事だけを考えれば制御出来ない人形など害悪でしかない。
では何故、制御の効かない機械であるグランシアが守護者なのか?
この問題は、そもそも守護者とは何かという問題に行き当たる。
守護者――この世界を護る存在と思われているが、厳密にはそうでは無い。
奈津芭とグランシア以外の守護者達は皆、王族、貴族、族長、宰相など身分や社会的な地位の高い者達で構成されている。その理由は単純で、強い武力を保持しているから、その一言に尽きる。
厄災に塗れたこの世界は古来より、力を持った強者が民衆を導いてきた。持つ者と持たざる者。両者の間には絶望的な程に開きがある。
特に当代の守護者は歴代最強とも言われ、七人が揃えばこの世界の全てを敵に回しても勝つ事の出来る力を持っている。
世界を滅ぼす存在を滅する力。それは世界を滅ぼす力を持っている事と同義である。
なれば、その守護者を律する者は誰か?それは守護者達自身である。
特に、この世界の外から招かれた奈津芭とグランシアの存在は裁定者の意味合いが強い。
守護者同士は互いに牽制する事で互いを律している。歴史上で守護者が暴走した行動に出た事は少なくない。逆に今回のよう七人が揃って協力体制を築いた事のほうが希である。
こういう込み入った事情があるからこそ学者肌の、とりわけ知的好奇心の強い二人がグランシアの修復を躊躇う訳である。抑止であるグランシアの力を得るという事は、ただでさえ積木細工のような現状のパワーバランスを容易に崩してしまう。
正直なんの事だかは分からないが、デリケートな問題だという事だけは奈津芭は理解した。なにより、そんな事は奈津芭にとって関係ない。必要なのは――
「一つ聞いていい?」
奈津芭は改めてグランシアと向き合う。
「なんです?」
「グラシアちゃん。行きたいか、行きたくないかそれだけ教えて」
奈津芭はグランシアの瞳を正面から見据え問いかけた。
「それは…行きたいです…」
「なら決まり。一緒に里帰りしましょう」
奈津芭はパンと手を打つと笑顔でそう告げた。
「提案した僕が言うのもなんだけど…いいのかい?」
「同郷のよしみよ。決めたからそこの事はもういいの。所でグラシアちゃんって、何処に連れて行ったら治るのかな?」
「それなら大丈夫です。綾織の御当主ならば可能な筈です」
「綾織…さんって人が貴方を創った人の名前?」
聞いたことは無いが、日本人である事は間違い無いだろう。
「んー…ご先祖様と関わりがあるんだったら、お爺ちゃんの家に手がかりがあるかもね。一緒に探そう」
「はい!」
元気よく返事をしたグランシアは子供のように無垢に笑った。
「よし、話しも纏まった所だし、行こうか」
エンディーは何かの合図とばかりに右手を挙げた。
「は?何処に行くの?」
待機していたメイド軍団が戸惑う奈津芭の周りを取り囲む。エリスの部下である。
「奈津芭さんを。彼方に」
エリスはメイド軍団に指示を出す。淀みない動きでメイド軍団に両脇を抱えられる奈津芭。いつの間にか設置されていた天幕に引きづり込まれる。
「いや、説明位してよ…て、あなた達何を…ちょっと」
妙に手慣れた手つきで裸に剥かれた奈津芭。
「皆の前に、そのような見窄らしい恰好で出るつもりですか」
優雅に紅茶を飲みながら告げるシオン。
「みんなの…前…だと」
目の前に迫り来るフリフリでキラキラなドレスに奈津芭は恐れ戦いた。